今日は3月11日
メディアやネット至る所で8年前のお話が見受けられました。
自分の人生でも自然災害と言う枠で思い返すと1番自然の脅威に恐怖を感じた日でもありました。
でも、私の住んでいるところは東北の中でも被害は最小限の所です。
そしてこの日は叔父の遺品整理に東京へ車で向かう準備をしていた
叔母に、早く来てくれと言われ早朝に出発する話もあった中無理があったため午後以降に出発する計画で動いていた
もし、早朝に出発していたら…と今もこの日が来ると思い出します。
この日の夜は吹雪で車の中で余震を感じながら過ごした記憶が濃いです。
ケータイのワンセグがある事に気が付きテレビをつけて観た景色。
私が経験したこの震災の恐怖は、誰かに比べたら小さいものです。
でも、忘れられない記憶って言うのはどうしても呼び起こされます。
それは、震災に限らずですが・・・
建物や生活の復興と言うものや再建というのは時間がかかっても出来たとしても
受けた恐怖や悲しみの心の傷は完全に拭う事や
適した言葉ではないかもしれませんが心の復興はないんだろうなと思う。
忘れてしまいたいなと思う人もいると思うし
絶対に忘れてはいけないと思う人もいると思う
何が正解かわからないから
ただ手を合わせることだけは忘れない日。
ちょうど1年前の今日
おきぃさんがキースタに映画「リトルフォレスト」の事に触れていた
今思うとこの映画って日本版では東北の小さな集落がストーリーの場所となっているそうなんです。
去年は眠れなくて映画観ていたの?とかジョンのアルバムとか思い出したりして気が付かなかったけど
おきぃさんなりの東北への祈りだったのかなぁ?と今はそう勝手に感じてみたりしました。
今頃そう感じるなんてね。
でも、おきぃさんが観ていたのは韓国版の方なのですが
直接的な言葉ではなく思ってくれたのかもなぁとか勝手な贔屓目線でありますが思った今日でした。
それでも共通している事は
自然と共存し自然のもので生きているという事
そういう事を改めて思いました。
そして自分はこの時すでにKポの魅力にハマっていたので
色んなKポアイドルの方たちが復興支援などしてくれたのも思い出しますが
2012年のオニュの言葉は忘れられない。
去年、日本の皆さんは、大きな震災を体験して、辛い時間を過ごしました。僕たちができることはないか、ずっと考えていました。
そうしているうちに、いつの間にか、僕たちにとって、日本がすごく特別な存在になっている事に気づきました。
でも、思ってたよりもできることが少なすぎて、もどかしさでいっぱいです。これからもお互いを思いやる心を大切にしていこうと思っています。こんな気持ちを教えて頂きありがとうございます。(オニュ)
日韓色々とデリケートな事もあるけれど
今を生きる人たちに助けられて慰められている事も事実で
オニュの言葉借りるともどかしいことがいっぱいでもあります。
全ての人に通じることってこの世にないと思うけれど
誰かの好きが誰かの嫌いだったり
誰かの慰めが誰かには違うものだったり・・・
誰かの解釈が誰かには違う解釈だったり・・・
難しいけれど
誰かの何かが誰かの救いになれば良いなと。
そして、「いつも通り」がありがたい事だという事もSHINeeに教えられた事でもあるので
そうしながらです。
みあね。終わり方が上手くできない。
今日はソウルメイト2があったので
いつも通りに・・・