久しぶりのコムガライフ
昨日はボアちゃんのインスタにギャルソンしかいなかったから
おきぃさん今日はコムデあげてくれたのかな?
昨日さ、たまたまabemaTVの見出しにあったルームメイトが目に入ってね
ハッピーウィルス(チャニョル)にハッピー分けてもらえるかなと思ってさ
あとで観ようと思ってマイビデオ追加しておいてさ寝る前に少し観たのね
少しにするつもりが結局先が気になって最後まで観てしまうパターンでしたw
その中でさ話してた言葉がすごく身に染みたというか
頷ける部分があったというかさ
シン・ソンウさんの言葉なんですが
「俺の場合20代の頃に友達が結婚しだした。次に子供の1歳のお祝いの知らせ。そして後輩が結婚して
それから両親の葬儀の連絡だ。しまいには友人が交通事故で死んだと・・・何というか
だから年を取るのが怖くなる。仕方ないさそれが人生だ。」
嬉しい事より悲しい事が多くなると・・・
その年齢に達しないとわからないこともあるのだろうけれど
経験年齢と言うものは人それぞれで、積んだ経験は年齢とは同じではないので
置かれた環境や苦労経験を重ねれば重ねるほど若くしても人より諦めや認める部分が早くなる場合もあるじゃない?
そこで、若いのにしっかりしているとかただ年食ってるだけねとか
身体は子供心は大人とか身体は大人なのに心は子供だなとかそういう事を感じることもあるじゃない?
一般的な人よりも先に大人の世界で生きた人たちは心が成熟し、その年齢ではまだ観なくていいものまで見え過ぎてしまうのかなぁ?
芸能界に限らずな事だろうけれどね。
最近人の言葉によって考えさせられることが多くなった。
あたしの場合人生で初めて記憶にある冠婚葬祭が母親の葬儀だった。
この世に落とされてから誕生日も親戚の結婚式も写真を見る限りでは母と居た写真はあるけれど、なんせ記憶にないw
動く記憶としては母の危篤の時の病院での自分や霊安室での記憶葬儀の記憶
初冠婚葬祭はそういうものなんだよね。だから物事考える時初めに終わりを考える習慣が身についてしまってる。
石橋をたたいても渡れない部分が自分には多くある。でもまぁ、そんなもんさ。
経験は、早いか遅いかしかないもの。でもまだしなくてもいい経験は遅くにしたかったなぁとか
見えないものが見える経験も勝手に察して壁作ったり察しないふりしてふざけたり
そんなことは遅くにしたかったとか最近は思うし、そういう人を見ると
いつかしなきゃいけない時が来るからそんなに頑張らなくてもいいよと思ったりしてしまう。
余計なお世話だけどねw
ルームメイト観てなんか色々な人のリアル観れてそんなことを思ったりした。
シン・ソンウさん・・・なんかどこかで見たことあるなと思ったら
過去におきぃさんとミュージカルチェスで共演していた人
おきぃさんもキースタに一緒のサジンあげたことがあった
バラエティー7人の食客でも共演してた人
ソンウさんのインスタにおきぃさんが登場したこともあった人だった
記憶にはっきりとなかったけれど、たまたま観たルームメイトでなんだかおきぃさんと繋がったきがして嬉しく思った
見逃した過去とか拾い集める時間だな。今は。
見てきたつもりでも覚えていないこともいっぱいだなぁ~










