少し前のブログで書きましたが、先年度はシリア難民の就職活動をサポートするプロジェクトにも少し関わっていました。そんなかで出会った3人のクライアントの経歴と性格、そしてなによりモチベーションが高かったので、ディレクターに交渉し、うちで短期に採用することにしました。本来ならまずボランティアとして受け入れるのが一般的ですが、保険の関係でうちのオフィスではボランティアは受け入れていないので、採用という形をとりました。
採用といってもどちらかと言うとトレーニングとカナダでの職経験を積んでもらう目的なので、週に1度だけ8時間の勤務という条件でした。年度末人件費がかなり余っていたためにできた特別待遇です。主に事務関係のアシスタント業務、他のシリア人のクライアントの通訳サポート、クライアント向けの資料の英語からアラビア語への翻訳などを担当してもらいました。
当初はこちらが「教えてあげる」という姿勢だったのですが、日が経つにつれ彼らとのチームワークも向上し、三月の終わり、彼らの契約が終わる頃には長年一緒に働いてきたかのような気分で、本当に名残惜しかったです。
彼らは皆、素晴らしい経験ができた、難民としてではなく。「プロフェッショナルとして平等に扱ってくれたのが何より嬉しかった」と言ってくれました。3人はそれぞれ、弁護士、教師、会計士と立派な経歴があったにもかかわらず、シリア難民としてカナダにやってきたために、そのレッテルを貼られ、就職活動に苦労していました。もちろん文化的な違い、特にイスラム教徒の彼らは、場合によってはとてもプライドが高いとみられることがあります。そしてなにより言葉の壁。
一緒に働いてくれた彼ら3人はかなり流暢に英語が話せたのでコミニケーションの不自由はしませんでしたが、文化の違いを感じる事は多少ありました。親しくなるにつれ、彼らも少しずつ心を開いてくれて自分が経験してきたことなどを話してくれることもあり、彼らが家族を連れて、または1人でくぐり抜けなければならなかった体験を語ってくれました。あまりにショッキングな告白もあり、偉そうにしてる私なんて、彼らに比べたら何も知らない!と、強く強く感じました。
カナダはよく移民の国といわれ、毎年多くの人々が世界中からやってきます。異文化に寛容である事はカナダ人が誇りに思っている事ですが、やはり就職になると、どこの国から来たと言うレッテルを貼られることもあります。場合によっては5年、10年も前に自分たちの意思でカナダにやってきたシリア人たちの中には、トルドー首相がまるで「レッドカーペットを敷いて迎え入れるように」受け入れた新しいシリア難民達をよく思っていない人も多くいます。自分たちは永住権をもらうのに何年も待って苦労したのに、今のシリア難民達は、カナダにやってきたその日に永住権や健康保険が全部与えられたのはずるい、というわけです。移民の問題は本当に根が深いですね。
さて別れの日、弁護士だった女性が私と同僚のナムにプレゼントをくれました。「あなたは私にとって親友、姉妹のようなもの。どうかこのカップを使うたび私のことを思い出してください。本当にありがとう。」と目を潤ませてハグしてきました。いつもクールだった彼女からのこのジェスチャーに私もおもわず涙!
年をとってくると、自分の置かれた状況や、自分の身の回りで起こる事は何か意味があってそうなっているんだと思うようになりました。今回この3人のシリア人と交流が持てた事も、私に欠けている何かに気づき、それを受け入れる機会だったのではないかと思います。








