「歯虫」のオブジェが伝える虫歯の苦しみ | 歯科の猫のブログ

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3月6日、二十四節気の一つ「啓蟄(けいちつ)」を迎えたものの、体感的にはまだまだ春のそれを感じることはむずかしく、冬ごもりする地中の虫も、きっと足止めをくっていることだろう。

さて、
私らの職業で”虫”と聞けば、やはり「虫歯」を連想する。

「虫歯」を専門的な言い方をすれば「齲蝕(うしょく)」になる。
この”齲”は形声文字になっていて、漢字の偏(へん)は”歯”で、旁(つくり)の”禹”は慣用音で”ウ”と読み、もともと”虫”のことを表すらしい。
形声文字
「禹」の字源
「禹」の字は、古代文字の「九」と「虫」とを合わせた文字である。「九」は、身を折り曲げた竜の象形。「虫」は、もともと蛇や竜などの爬虫類の意味で、雄の竜の象形。即ち、「九」と「虫」とを合わせた「禹」は、雌雄の竜を合わせた文字で、洪水と治水の神話の神と伝えられる「伏羲と女媧」を意味する。

上記の字源を見る限り、「禹」はカブトムシのような甲虫類様の”虫”を指すのではなく、爬虫類のような体躯を持つものがふさわしいようだ。
なお、「蝕(しょく。むしば(む))」は見ての如し、虫が食べている様を示している。

紀元前から18世紀初頭までは、西洋、東洋とわず、虫歯とその痛みは、歯につき浸食する"虫"によるものと考えられていた。
この虫歯の原因となる「歯の虫(歯虫)」については、日本に現存する最古の医学書である医心方(撰者:丹波康頼、984年)にも記載され、その養成法等が記されている。

今回は、この「歯虫」と虫歯による痛み、苦しみをよく表現しているあるオブジェを紹介したい。

これはDeutsche Medizinhistorische Museum(インゴルシュタット・ドイツ医学史博物館)の展示物で、1780年南フランスの芸術家により作られた高さ10センチほどの象牙製の歯のオブジェクト。
このレプリカは世界各地で展示されているようで、日本では愛知県歯科医師会館の「歯の博物館」にも一資料として公開されているそうである。

このオブジェは大臼歯を二つに分割し、
向かって左側の滑面には「歯虫」が寄生している様子、右側では虫歯による苦痛症状を表現している。
左側の歯の内部(専門用語で髄室)に、悪魔、そして、これに仕える蛇のような虫が人を巻き付け捕らえ、食らう様子がオドロオドロしく造作されている。
右側は、虫歯による痛み、苦しみの様子を地獄絵図にみたてて表しているが、これがよくできている。
トルネードのような業火の元は、まさに死屍累々、苦悶の表情を浮かべる人々の顔が積み重なっている。左手の悪魔の使いは、業火に投げ入れられた人を今にも殴りつけんと、棍棒を振り上げている。『パルスオキシメーター

虫歯が進行し、歯髄(いわゆる歯の神経)にまで達した痛みは筆舌につくせぬものがある。
「ジーン」、「ズーン」と熱感をおびた痛み(鈍痛)は、業火にあぶられる、それにあたる。竜巻の如くうねる火の様子はきりもみ様の疼痛、棍棒で叩きつけられる様は「ズキズキ」、「ズンズン」といった拍動痛を表現しているようにも見える。
経験したことがある人だけがわかる、歯という小さな見えない世界での痛みと苦しみの闇がよく描かれている。

1890年代後半、虫歯は口の中にいる細菌による所業であることが提唱され、1924年には虫歯の代表的な原因菌であるストレプトコッカス・ミュータンスが発見された。徐々に”歯虫”説は否定されるようになり、科学のメスが入ることにより、その発症メカニズムが明らかにされ現在に至る。

しかしながら、オブジェ右側の”地獄絵図”はその病因が異なったとしても、今もまったく変わらない。

オブジェ2
こればかりは、
体現者の歯医者が言うのだからまず間違いはない。