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まとめ

母と振り返っています。 

今から思うともあるので。


母:

・日曜日深夜?月曜日早朝?

トイレに起きた時に喉の痛みを感じる。

そんなにつらいほどではないが、

念のため朝一番でPCR検査。

抗原検査は陰性。

夜 37℃。気分も悪くない。

・火曜日 夜に一瞬、37.6℃になるものの、その後は36℃台。喉の痛みはまだ残るものの、

これは、やっぱりコロナちゃうなーと本人言えるぐらいの体調。

・水曜日 PCR検査陽性判定。

えっ、むしろ調子よくなったと思っていましたけど?と電話で先生に言ってました。

・木曜日 お風呂入って、自分で掃除できるほどの体調。

咳は出ますが、

「咳き込んでるけど、大丈夫?」みたいなことは全然ない。

・金曜日から月曜日、ほぼ熱も36℃台、

喉も痛くない、咳も出ない、特に変わりなし

・火曜日ぐらいから、外に出られないストレスが溜まりはじめる。

・水曜日、木曜日は眠いといい、よく寝る

。気分は悪いわけでもなく、食欲もあるし、ご飯もつくれる。

・金曜日 全く普通。


私:

・火曜日の夜、体に痛みを感じ、シャワーではなく湯船に浸かろうとお風呂入る。

が、痛いまま。←特に疑問に思ってなかったが、かなり痛い

・水曜日 内腿痛い。

トレーニングは今週に入りしていない。

自転車乗ってるぐらいでなんで?と思いながら、母の濃厚接触者になったので、PCR検査へ。

午後にはふくらはぎも痛い。  

これまたなんで?と思う。

(そう言えば腕は痛くなってない。

あとαのディレクターがワクチン打った後、臀部が筋肉痛になったと言っていて、

皆でそんなん関係ないわ!と笑ってたけど、もしかしたら、コロナと筋肉痛は全く関係ないと言うわけではないのかもとも思いました。)

・木曜日 同じく

・金曜日 昼にはすべての筋肉痛が消える。

全く痛くない。 

夜から、咳が出始める。風邪の時ぐらい。

その時熱を測ると、38.0℃。

カロナール2錠飲む→明け方には下がってた。

・土曜日 目覚めがスッキリ。

この時のスッキリさに、あぁ昨日までしんどかったんやなぁと思う。

PCR検査陽性判定がようやく出た。

一日数回。咳が出る。熱は36℃前後。

・日曜日 たまーーーに咳。

・月曜日 たまーーーーにコホンぐらいの咳。

・火曜日から現在は、元気な人が家でゴロゴロしてる状況。

・金曜日 抗原検査→陰性


陽性と判定されるまでは、コロナじゃない!と思っているので、

振り返ると、こうやった!みたいなこと、

やっぱり出てきます。

あの時から始まってたんや、コロナは。

体の痛みがあるとは、

自分がなるまで知らなかった。

時間と共にあちこち痛くなっていくのに、

治る時はだんだんではなく、

嘘みたいに消えるところが、

やはり普通の筋肉痛ではないのでしょう。

こわい。

私も最初は症状が筋肉痛しかなかったので、

無症状かと思っていました。

コロナの初期症状は発熱!!と思っていると、見逃してしまうかも知れません。

オミクロンは、症状が多いことも特徴のようです。

それも、こわい。


私も母も、前半4日ぐらいで、気になる症状はなくなったし、

出ていた症状の程度もマシだったので、

軽症だと思いますが。

そうなると、気になるのは急変と後遺症です。

むしろ、私の方が母より症状多かったなぁと振り返って思っていますが、

母は、高齢なので、症状なくなってきても、

夜中寝てる時とか心配でした。

食欲がない、眠れない、起きられないほどの倦怠感などなく。 

むしろ食欲ある、眠れてる、早く外に出たいと言うことなので、

今のところは大丈夫かな。

でも、こわい。


と、改めてやっぱりこわいこと、

たくさんあるし、まだ不安なこともある。

ワクチンの副反応についても、

コロナの影響についても、

そうやったんやーとわかるのは、

まだまだ先になるでしょう。

芸能人の人の症状も、年齢問わず、

本当にいろいろなので、

気になったことは、また感じたら、

記録しておきたいと思います。


ひとまず、発症からをまとめておきました。




コロナになって思うこと②

「自分の行動に後悔がない。」

 

春風亭昇太師匠も、精神的につらかったと話しておられましたが。


なんとかメンタルを保てている理由のひとつとして、

「あの時こうしていれば。」がなかったことがあります。


マスクをする、手洗いうがいの徹底、

手指消毒、検温などの健康管理、

とりあえず、

できることはちゃんとやっていた!


自分が感染するリスクは、

ずっと自分で気をつけていましたが、

これまであまり考えていなかった、

自分が人に感染させるリスクもあったわけです。


オミクロンは、発症するまで人にうつす可能性は低いとも聞きますが、

2日前から感染能力を持つとも言うし、

はっきりしたことはわかりませんが、

誰かを感染させるリスクが私にあったなんて。。。

ほんまに、こわい。

(無症状は、それがほんまにこわいですよね)


もう、本当に県を跨ぐ移動や、

必要以上の移動をしてなくてよかったです。

東京にも行く予定があったのですが、

本当に行かなくてよかったです。

感染状況もあったけど、

東京に行っても会いたい人に会えないし、

会えても「ちかよれない」と思ったのです。

でも、会いたい人がそこにいれば、

ちかよってしまうかも知れない。


普段東京にいない私が、

県を跨ぐ移動をすることによって、

まわりの人にも感染のリスクが高まるかも知れないと思ったんですね。

勘?みたいなもんやったんかな。

万が一のことが起こってしまった場合、

それはもう、一生心の傷として残ってしまう。

取り返しのつかない後悔になってしまう。

それだけは、ダメだ!!! 


ほんま、私、よかった‼️ 

行くのやめてよかったよ。


濃厚接触者の定義も緩和されて、

マスクをしての挨拶程度、

数分の立ち話し程度では、

感染リスクも高くはないのかも知れないけれど、

自分が感染させる可能性がある状態だったと思うだけで、

「行くわけにはいかない」と思った自分が正しかった、よかったと思いました。


大切な人たちを感染リスクを高める環境にしなかったことが、

本当に、なによりよかったし、

それがメンタルを保てている理由のひとつです。


自分の思い込みで自分の行動が正しいと信じ、

自分とは違う考えや行動を取る人を批判するのも違うし、

私は大丈夫!と謎の自信で行動するのも違うし、

あまりにも慎重になりすぎて、

人に強制したりするのも違う。

何が○で何が×かはわからない状況がこうも続くと、陽性にならなくても、

メンタルがやられる人も多くなるのでは。。。


濃厚接触者の定義や、隔離期間は日々変わり、検査も受けられない。

正直、全てが納得できる、理解できるルールというわけでもないけれど、

陽性者になった今は、ルールを守って、

まわりの人に安心してもらえる状態で復帰したいし、

復帰した後も、大切な人たちを大切にする。

私のコロナ感染予防対策は、それだなと思っています。

大切な人を大切にしようと思ってたら、

ちゃんとした行動ができるかなって。

それしかないです。


ちなみに。

保健所からの連絡は、

母には陽性確認後、5日後ぐらいにあって、

それからは世論調査みたいな音声での健康確認。

軽症とは言え、高齢者なので、 

後遺症とかも心配なので、健康チェックこれでいいんかな?と思いつつ、この状況。

保健所も大変だろうから、仕方ないと思っていましたが、

昨日、2度目の連絡がきました。

熱なし、食欲ある、眠れている。

なら、大丈夫です、みたいな。

ま、それはかかりつけ医の先生もそうなので、診察を受けられるようになるまで、

それで様子見るしかないですね。

保健所も本当に大変だと、それは理解できますが、

せめて検査はちゃんと受けられるといいのに。

不安だらけは、もう少し解消されてほしいですね。









コロナになって思うこと①

本当にまさか‼️でした。

自分が濃厚接触者になるなんて‼️です。

(その後。陽性になるなんて‼️)


母はものすごく気をつけていたし、

直近1週間、デパートなど街中にも行ってないし、会食なんてもちろん。

自分ひとりでも、

マックですら行っていません。

感染予防対策をして、

日常生活を送っていただけです。

(公共の交通機関は使ってる)

それでも感染するオミクロンは、

ほんまにこわいと思いました。

そして、

私が濃厚接触者になったタイミングで、

知り合いも濃厚接触者になったとか、

陽性になったと言う人が一気に増えました。

今までこんなことなかったのに。


うちは幸い、近所にかかりつけ医があり、

迅速に対応して頂けました。 

母もそれでだいぶんと安心できたと思うし、

軽症であったことも本当によかった。


でも、最初私は、母が感染した心配よりも、なんで今⁉️と、

そのタイミングに怒っていました。

ひどい話しですよね💧


週末には、

河瀨直美監督とのお仕事もあったし、

その先にも決まっている仕事がありました。


今のこの状況。

誰の身に起こっても不思議ではない。

だから、あやまらなくていいよ。

気にしなくていいよ。


皆さん、そう言ってくれたし、

私が逆の立場でも、そう思いますが。

逆の立場でも、

あぁ、本人はつらいだろうなぁとも思います。


どんな理由であれ、

人に迷惑をかけることはつらい。


迷惑と思わなくていいよと言われても、

やはり仕事に穴をあけることは、

気にしなくていいよと言われても気にします。

私のようにフリーランスでやっていると余計にです。

大げさかも知れませんが、名前ひとつ、

その信用だけでやってきているので、

覚悟は一応、相当持っているのです。


あやまるとコロナになったことが悪いことみたいな印象になるから、

私のような職業の者はあやまらないで。

それもよーくよーくわかるのですが、

でも。自分のかわりに、かわりを見つけてもらう(私はそれすらできない)

かわりに仕事をしてもらう。

コロナ関係なく、どんな場合でも、

やっぱり「ごめんなさい」ってなります💧

正直な気持ちとして。。。


α-STATIONの皆さんにも、心配をかけています。 

おそらく、α-stationの皆は、私が復帰したら、あたたかく迎えてくれると思います。

昨日も、クリエイティブでの何気ない会話ができないのは寂しいってLINEをくれたスタッフがいて😭

早く戻ってきてください!って😭

優しいね。ありがとう。

でも、職場に行くのに勇気いる人もいるだろうなぁと思います。

だけど、それは違う‼️


ほんまに仕方ないねん‼️

ほんまに誰のせいでもないねん‼️

(急に開き直りみたいですいません。)


私も最初は、ほんまに申し訳なくて、

落ち込み。

無理、無理、無理ーーーーー‼️となりました。

泣きましたよ、泣きました😭

泣きながら、もう無理だ、ダメだ、

私はもうダメと泣きついた人に(まだ濃厚接触者の時)

「そんな時もあると言い聞かせて乗り切れ」と言われ、

あんた、なんでいっつもそんな体育会系的精神やねん!と思ったのですが😅

もはや、それしかなかった。


だって、ほんまに、誰も悪くないんやもん。


母も「あの時あんなことしなければ」とかない。

私もない。

後悔する行動がないから、己すら責められない。

怒りの矛先を自分にすら、ぶつけられないんだもん。


これ、もう仕方ないやん‼️

こんなことも人生ある‼️と思うしかないやん‼️

と、言い聞かせる。それしかなかった。

そこからは、ポジモン。

ポジティブモンスターぶりを発揮することもでき、

不幸中の幸いだらけを見つけ出し、

前向きになれたような気がします。


陽性になった時はむしろホッとしました。

結果が出るまで時間がかかったので、

もうコロナやと思っていたし、

うっかり陰性→再検査→陽性が一番最悪と思っていたので、

ちゃんと陽性と判定されたおかげで、

隔離期間がはっきりし、スッキリしました。

かかりつけ医があり、おそらくタイミング的にもギリギリ、すぐに対応してもらえる時だったので、

結果が出るまでもアドバイスを頂けたことで、だいたいの予測ができ、

職場もすぐに先までの対応を考えてくれました。

なんとか、最小限の影響で済みました。

(河瀨直美さん、なら国際映画祭関係の皆さまには、本当にご迷惑をおかけしました。

申し訳ありませんでした。)

なにより、母が軽症。よかった。

(もちろん、まだ油断はできないし、

体調の変化に気をつけています)


毎日、芸能人の方の陽性報告があり、

それぞれの症状なども伝えられ、

ほんまに、それぞれやなぁと思います。

なので、発信することは意味があると、

テレビでも専門家の方もおっしゃっていたので、

私も伝えてよかったかなぁと思っています。

そんな影響力はないけど😅

誰しも感染の可能性があることもだし、

去年までの症状にとらわれていると、

見過ごしてしまうかも知れないので。


少し、感染は鈍化してきたのでしょうか?

でも、ピークアウトはまだですよね。

本当に気をつけていても、感染する時は感染します。 

必要以上に神経質になるのも疲れるので、

これまで通り、感染予防対策をきちんとしながら、 

万が一に備えて、生活のシミュレーションをしておいてください。

防災と同じですね。

備えておくことはどんな時も大切です。





今年はヒロトさんとサシトーク

中学生の頃、
帰り道にレンタルレコード屋さんがあって。⁡
画板を入れる大きな袋にLPを忍ばせて、⁡
学校帰りに借りる、返すと言うのを繰り返してました。⁡
借りていたレコードは、
THE BLUE HEARTSと尾崎豊。⁡
クラスには、ヒロトとマーシーが大好きな男子二人がいて、
中学生ながら、ダサい制服ながら、
なんとかパンクっぽさを出していたなぁ。⁡
私が中学生の頃から、
ヒロトとマーシーはヒーローでした。⁡
たぶん、その頃は「ロックスター」と言う言葉より「ヒーロー」の方が身近で。⁡
子供の頃のゴレンジャーとか仮面ライダーを超えるヒーローが、⁡
THE BLUE HEARTSで、ヒロト&マーシーだったのではないでしょうか。⁡


その後私は、高校生の頃には解散していたBOØWYの後追い、
氷室京介さんや布袋寅泰さんに出会い、⁡
19,20歳で、THE YELLOW MONKEY、
吉井和哉さんに出会っていくわけです。⁡



当時はもちろん、リアルに「出会う」ことになるとは思ってはいなかったけど。
ヒロトさんとマーシーさんとは、7年前に初めてお会いしました。⁡
ブルーハーツはもちろん、ハイロウズ、クロマニヨンズと、
どのバンド、つまりどの世代にとってもヒーローであり続けているお二人なので、⁡
勝手に多くの人の青春を背負ってる気持ちになったし、⁡
ディレクターのKJの思いもあるし、⁡
わ、わ、私が失敗したら、皆の思いが~~~と緊張したことを思い出します。⁡
何回お茶すんねん!と言うぐらい、
お茶して(笑)
でも、仕込めることはそんなになく。⁡
手土産のふたばの豆餅だけが、
頼みの綱!(笑)⁡
(実際、これは本当に喜んでくれる)⁡
それを6回は繰り返してきましたが、⁡
その都度、緊張してるはずですが、⁡
「してへんかったやん!」とKJに言われてる。⁡
半分ぐらいカットしないといけないぐらい、しゃべってる。⁡
あれ、おかしいな。
緊張してるのにな。⁡
今回は、ヒロトさんお一人回、
しかもヒロトさん初のリモート収録。
(数少ないインタビューの時間を我々に与えてくださったことがまずもって感謝で有難い。)⁡
これまで、リモートはしてこなかったヒロトさん。
慣れない環境でのインタビュー、
どうなるかな。ちょっと不安だな。
私も、さすがにこのご時世でリモートが増えたとは言え、
やっぱり実際に会うのとは全然違う。
いつもとは違う緊張感に包まれていましたが。

Zoom飲み会もやってこなかったと言うヒロトさんが、
「Zoom飲み会もできそうな気がしてきた!」と。
「何事もやり方とかじゃなく、⁡
誰とやるかと言うことが非常に大切。⁡
今はすごく楽しいです!」⁡って。

これは、もう、
本当に嬉しいヒロトさんの言葉でした。⁡
対面とかリモートとか、やり方じゃないんだ。
大切なのは誰とやるか。

本当にその通り。
コロナ禍であろうとなかろうと、
いつだって大切なのは、誰とやるか。
やり方なんて問題じゃない。

今回はこんな風に、何気ないような会話のようで、
実はとてもええ話しがたくさんありました。
ハーモニカの話しも、
レコードとの出会いの話しも。
それが、やっぱり、私たちの大好きな甲本ヒロトだーーーと思わせてくれたし、
だから、ずっとヒロトが好きなんだよなぁと改めて思わせてくれました。

収録の前々日ぐらいが、フジロックで。
配信で超かっこいいヒロトさんを見ていたので、
やだーもうー緊張するーとなってましたが、
ステージとはまた違う笑顔で、
本当にずっと笑ってるヒロトさんが画面越しにいて、
これ!ライブとはまた違う、ヒロトさん(マーシーさんも)を皆さんに感じてもらえるのが、ラジオのいいとこ!
我々の特番が皆さんに伝わるといいなと思ってるとこ!
皆さんから頂く感想を見ていたら、
うん、ちゃんと伝わってるなと思いました。
(まだ感想は募集中です!!) 



この日、私はストーンズTシャツを着ていました。
私は、インタビューのお相手のことを思って、その日のファッションを選んだりするのですが、
ヒロトさんとマーシーさんとも話した、ストーンズの来日公演の時に買ったTシャツを、この日は選びました。


そしたらその日に、チャーリー・ワッツさんが亡くなっていたのです。
チャーリー・ワッツさんがいなければ、⁡
ストーンズのドラマーでなければ、⁡
私たちのヒーローも誕生していなかったかも知れない。
大好きな曲たちも生まれてなかったかも知れない。
私たちのヒーローにとってのヒーローに、
心から哀悼の意を。⁡
そして、ヒーローが元気にロックンロールしてくれていることに、心から感謝を。⁡
そんなことも思ったヒロトさんとの時間でした。⁡
⁡不思議な繋がりを感じた一日でした。

まだタイムフリーで聴いて頂けます。
聴いてほしいです。
そして、来年は、またマーシーさんも一緒、3人でお届けしたいと思います!

「去年の分も、今年の分も、
来年は楽しもうぜ!!」
ヒロトさん、そう言ってくれました。
それは、ラジオだけのことだけではないはず!

まだまだ続く、SIX KICKS ROCK&ROLLを楽しみながら、
コロナ禍を乗り越えていきましょう。
そしたら、必ず、、、★

ヒロトさん、ありがとうございました!
そして、聴いてくれた皆さん、
本当にありがとうございました!


”THE YELLOW MONKEYツアー初日①”

①~⑤まで書いてるのですが、
昨日のことのようにワクワクしたわー。
と言う、自分のblogです(笑)