警備兼深夜受付のおじちゃんは、『とっても痛い大変な状態』を全身でアピールしながら保険証をだしたワタシを、あっさり無視して「順番に呼びますから、看護師さん来るまでその辺で待っててね。」と言うと、とっとと奥の部屋に消えた。

・・・言われた通り、その辺で待つしかない。

しかし。久しぶりに来たが、というか、救急指定でなければ、この病院には絶対にこないであろう。
何を隠そう、ここはこの近辺では一番古くて、おっかない病院なのである。

敷地はその昔、軍の用地だったらしいし、建物だってワタシより年上だ。頑として立て替えず、増築増築また増築、を繰り返したため病院は迷路のようになっている。近所に住んでいる霊感の強い友人が「あそこはスゴいよ。昼間でもなるべく通りたくない。」と断言している、ある意味パワースポットなのだ。

深夜だからか、節電だからか、電球が切れているのか、とにかく待合室も診察室へ続く廊下も、暗い。
この季節、発熱の子どもと、その家族くらい居てもよさそうだが時間が時間だからか、待ち合い室は誰もいない・・・と、思ったら、ボソボソと誰かの話し声が聞こえた。

おや、誰かいたのか。少しほっとして、辺りを見渡すと・・・ちょっと離れた柱の陰に、数名のパジャマ姿の男性がいる。
点滴を引きずっている人、車いすの人。入院患者だろう。
暗い待合室で、ぼそぼそと話をしている。
検査の話や、容態の話、同じ部屋の人がどうとかこうとか・・・。

しかし、只今午前4時。
いくら入院患者でも、こんな時間に病室を抜け出して救急の待合室で、たむろするなんて・・・自由すぎないか。
しかし、受付のおじちゃんは知らん顔で注意する気配はまるでない。彼らも、引け目を感じている様子はまるでなく・・・救急で飛び込んできたワタシには目もくれない。・・・と言うか、まるで部外者なんぞ、見えてないようだ。
時々、話の輪から離れて、あてもなさそうにロビーをうろうろするおじいちゃんもいる。

なんだか不思議な集団だなぁ。
お腹を押さえつつ、横目で眺めていたら、中の一人が『・・・こんな時間ですね、私、そろそろ引き上げますわ。』と言って動き出した。すると、つられたように他の人たちも、じゃあそろそろ・・・とか言いながらスルスルと、そしてあっという間に、全員がほの暗い廊下に消えていった。

静まり返った待ち合い室で、なんだか狐につままれたような・・・そして、ふと思った。


元・入院患者さんだったりして・・・。

  
途端に胃がまた締め付けられて、ワタシは「イタタタタ・・・・」と長椅子に転がったのであった。

「お待たせしました。熱、計ってくださいね。」
若い女性の声に、転がったまま斜め上を見たら待望の看護師の姿があった。しかし、すでに明け方近く。マスクをしているため、顔の上半分しか見えないが、完徹であろう彼女の目は『不・機・嫌』という鈍い光を放っていた。

ワタシが脇に体温計を差し込んだのを見届けると、くだんの看護師は、そのままでいいから早く診察室にはいるように、と促した。握っていたマイゲロ袋をお渡ししようとしたら、まだ持っとくように、と、やんわり断られた。

やっと、診てもらえる・・・。
痛みと戦い始めて3時間。ようやく解放されるのだ。

ただでさえ具合が悪いのに、家を出てからの短時間でショッキング&デンジャラスなことが続いたものである。しかし、ここで一発、痛み止めを打ってもらえれば、すべてがチャラになるような気さえしてきた。

さぁ!一刻も早く、痛み止めを打つのだ!

カチンカチンに固まった胃を抱え、脂汗をかきながらも、やる気満々で診察室に入ったワタシの目に写ったのは、バサバサした感じの茶髪、荒れたお肌、ほそっこくて一見若そうな医師であった。

「どしましたぁ?」

そして、男性にしては高めの声で、右手に持ったシャーペンを顎にあてながら微笑んだ様は、イタリアンの川越シェフにそっくりであった。

・・・総合の方がいいと思ったけど、ちょっと先のM病院だって救急指定だったじゃないか・・・。

今更であるが、選択ミスを痛感した瞬間であった。

続く・・・。