セザンヌ(Paul Cézanne)が好んで描いたサント・ヴィクトワール山をこの目で実際に初めて見たのは、もうかれこれ10年以上も大昔のことであった。
(ポスターのサント・ヴィクトワール山)
最初のドイツ滞在時代、南仏旅行の途上、カーニュで1泊し、ニースでも1泊し、その後、サントロぺ、マルセイユ等を訪問しながらプロバンスを周遊した旅の終盤で、セザンヌの故郷のエクス=アン=プロヴァンスを目指す途上、車窓からサント・ヴィクトワール山の雄姿が視野に入ってきたときの感動をいまだに忘れない。
はるか遠望した1000mほどのサント・ヴィクトワール山のごつごつとしたライムストーンの山肌は、妙に脳裏に焼き付いている。
セザンヌは、このサント・ヴィクトワール山を、晩年の10年間だけでも100点以上の作品に描いたというから、よっぽど気に入っていたのであろう。
今日、乃木坂の国立新美術館で、このセザンヌの描いたサント・ヴィクトワール山を久々に見てきた。
今回のセザンヌ展は、なかなか特出しており、展示はセザンヌ100%、しかも、過去最大規模90点もの作品を集めた画期的なセザンヌ展であった。
【セザンヌ】
近代美術史上の巨匠の1人。少年時代以後、ずっとエミール・ゾラと交友があった。父の希望でエクスの法科大学に進むが、改めて画家となる決意をし、1861年初めてパリに出る。74年第1回印象派展に当時の力作『首つりの家』など3点、77年の第3回展に『ショケ像』など16点を出品して、印象派の中核的なメンバーの1人となる。1880年ごろ以降の。『エスタックの海』『松の木のあるサント・ビクトワール山』などの連作も、南フランスの明るくおおらかな大空間を平面性と奥行とのいずれをも犠牲にすることなく、みごとに把握した作品群である。この前後セザンヌは初期と同じくパリとエクスを往復しながら制作を続ける。1890年から数年の間に『赤いチョッキの少年』や『トランプをする人びと』などの連作、『温室のセザンヌ夫人』といった名作が次々と描かれる。1906年、戸外で制作中に雷雨にあって昏倒(こんとう)、22日に死去した。
【セザンヌ展 ~パリとプロヴァンス~】
期間 6月11日(月)まで
場所 国立新美術館
開館時間/10:00~18:00(金曜日は20:00まで)、入場は閉館の30分前まで
休館日/毎週火曜日(ただし5月1日は開館)
主催/国立新美術館、日本経済新聞社
後援/フランス大使館
公式URL; http://cezanne.exhn.jp/

