いつも海外旅行するたびに同じことを繰り返し後悔することが1つだけある。
それは、結構重いはずなのに、旅行先で読もうと、本を一杯持って行くことである。しかし、たいていは、ほとんど読む時間もなくで未読のまま持って帰ることが多い。
これは実に不思議な旅行者心理で、なぜか旅支度でカバンに荷物を詰めている最中は、旅気分に浮かれていて冷静でなくなっているのであろうか、向こうゆっくり本でも読もうという心理になるらしく、何冊も入れてしまうのである。
たいていは、旅先では見るもの聴くもの、すべてが新鮮で面白く、本なんぞ読んでいる暇はないのにである。
そんな過去の学習効果もあって、今回のドイツ行きでは文庫本を1冊だけにした。
今回持って行ったのは、『なぜ日本は没落するか』(岩波書店)である。
書架にあるたくさんの蔵書のなかから、なぜこの1冊を選んだか。
その理由は、昨今の原発震災以降の日本のふるまいが気になってきたからである。この際、地球の裏側から、離れて日本を眺め、日本と日本人の本質について、欧州で、じっくり考えてみたいと思っていたからである。
おかげで、20日間以上の長旅でもあったおかげで、この1冊だけはじっくりと面白く読むことができた。
著者は、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)名誉教授・元LSE Sir John Hicks Professorの森嶋通夫教授である。ロンドン生活が長かった親友O君が、直接LSEで習ったことがあったと言っていた。着眼がするどく、面白い教授で、背が低くて、黒板の高い位置にある数式を飛びはねて書いていたというほほえましいエピソードを聴いていた。
この著書の中で、特に興味を惹いたのは、「パレート的社会分析」の章である。
彼はパレート的社会理論を適用して、2050年の日本の社会構造をこう分析している。
パレートがあげた人間の基本要素は6つある。
①イノベーション意欲(新しい組み合わせを見つけ出す意欲)
②全体を優先する性向
③感情を外に表現したがる傾向
④社交性の傾向
⑤自分自身と自己財産を保全する傾向
⑥種の保全欲
まず、我が国の2050年の政治であるが、結論から言うと、彼のパレート的社会理論的分析によると、日本の政界は、上記①のイノベーション意欲を持たない人たちで何百年も成り立ってきたため、2050年もそのままだ、と喝破している。
そして、現代の青少年は、極めて無気力で、彼らには、本当の意味での怒りはなく、成し遂げたい望みもないと手厳しく、やがて彼らが主役を演じるであろう2050年の会社員たちも、多かれ少なかれ、白けた雰囲気の中で、生きていると予想する。
ここでさらに森嶋教授らしいユニークな分析が展開するのは労使関係である。
日本の経営者は、Xをしたいと思っても、自分でXをするとは言いだせない。下の部下や従業員からXをしてくれと言いだすのを待っている。一方、労働者の方も、自分でXをするとは言いだせない。経営者がXをしろというのを待っている。こういう構造だと、前に進むのは難しい。
それでも、高度成長期のように行け行けドンドンで、経済が拡大期にあり、Xが拡大発展につながる内は、なんとか前進するが、時局が縮小期にあり、Xが消極的な防衛策や撤退策の場合には、お互い相手の出方をにらみ合いで硬直状態が続く。ようすれば、日本は、その属性故に、下降過程においては、すべての対策が手遅れになり、一層下降が加速するという分析である。
森嶋教授は2050年の日本は、こういった非効率な構造になっていると喝破する。
そして、本来、こうした状況を打破することが期待されている政治家や企業者にも上記①のイノベーションは期待できないと厳しい。
新しい生産方法の開発が得意の日本人は、確かに高度成長期は、その良さが発揮でき成長を実現したが、新しい基軸の発明は苦手で、新しい販路の開拓も不得手である。工夫は好きだが、自分で考える習慣がない。
無風状態にある時は、自分たちで風を吹かせるか、外部の人間に風を吹いてもらうかの2つしか解決策はない。
前者は政治家の仕事である。しかし、日本には、そういった働きができる政治家は皆無である。彼らには風を吹かすのは自分たちだという当事者意識がない。彼らは、ずっと、予算割り当てで自分の選挙区の分け前を増やし配分することが天職だと思いこんできたからである。
それでは、外部の風任せか。神風はそう都合よく何回も吹かないだろうと、手厳しい。
ここまで読んで、ふと、「3.11」以降の、我が国政府の無様でお粗末な対応と狼狽を思い出した。そして、妙に合点がいった。
時局が先の原発震災のような縮小期・低迷期にあり、消極的な防衛策や撤退策の場合には、お互い相手の出方をにらみ合いで硬直状態が続く。
ようすれば、その自らの属性がために、下降過程においては、すべての対策が手遅れになり、一層下降が加速するという分析である。
まあ、あまり評論家見たいに納得しているだけでもいたしかたあるまい。当の森嶋教授は7年前の2004年7月に既に他界されている。いまごろ、天国から、「3.11」以降の我が国の状況をそのようにご覧になっているであろうか?
いずれにしても、いまこそ、我が国に、高き志と、イノベーション意欲を持った、現下のプラットフォーム自体を根本から変えることのできる政治家の登場が望まれることは確かである。
