師走になると、様々なことがある。人生そのものである。
今日は、すごく悲しいことがあった。
以前の職場の上司K氏が急逝された。
ながらくご病気ではあったが、毎年秋に大伝馬町の老舗蕎麦やで仲間が集まってK氏を囲んでの会食を楽しみにしていたのに、今年はご連絡がないなと思っていた矢先の訃報であった。突然な訃報に言葉を失って、すべてを投げうって、桐ケ谷斎場の通夜にかけつけた。故人の遺影に対峙し、焼香をあげても、実感がわかないし、いまもって呆然としている。尊敬してやまない大先輩との残念な切ないお別れであった。
合掌。
呆然自失の体で帰宅したら、そんな徒然人の傷心を察してか、あたかも脆弱な心を支えてくれるかのように、寄遇にも、友人から3通のありがたい手紙が来ていた。
持つべきものは友である。救われる気がした。
年賀状ではなく、こうした挨拶状もまた味わいがあって好いなと思いながら、封筒を開ける。
1通目は、ドイツ・フランクフルト時代に出逢った、永いおつきあいの友人S君からの小包。
彼は、実に感性が豊かで、センスが好い。徒然人が以前このブログに書いていた映画「L'Année dernière à Marienbad(去年マリエンバートで)」のコメントをを記憶されていて、そのブルーレイとDVDコピーを送ってくれたのであった。
その気持ちが嬉しかった。脚本を書いたロブ=グリエは、「非常に緻密に計算された作品で、曖昧さのかけらもない」作品と言っているが、まさに不思議な魅力的な味わい深い映画で、それだけに、何度も繰り返して観てみたい映画である。
Danke!
(L'Année dernière à Marienbad)
2通目は、外資系金融機関勤務のS君から。
彼は実に面白い魅力的な男である。第一線級のバリバリの投資銀行マンでありながら、一方で、トライアスロンもしている文武両道のすごいやつである。
便りに「来年2011年には9月にある佐渡での200kmマラソンに出走しようと思っています。」と平気で書いてあった。
また、音楽にも結構精通しており、ドラムも定期的に習っているらしい。来年はライブを一回以上行おうというから本格的だ。
そして、徒然人が、S君を何よりも敬愛している点は、彼自身がLiving inPeaceというNPO活動の代表を務めていることである。
投資銀行マンの激務の傍ら、そのNPO活動を通じてマイクロファイナンス(MF)機関への支援をグローバルに展開していることである。2010年には、カンボジアに続きベトナムでの活動を始めたとの報告も書いてあった。
そうして、彼は自省しつつ、こう筆を続ける。「毎年、年の瀬になると後悔するのは、怠惰のうちに過ぎ去った時間です。」と。彼が怠惰であるのなら、世の中に怠惰でない人間は皆無であろう。ここまで謙虚なのはすごい。
そして、彼はさらに続ける。
ルキウス・アンナエウス・セネカの「われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。」という言葉を引用し、「世界トップを目指して日々励もうと思います」と自身に叱咤激励し、気合いを入れている。こうした未来を背負う頼もしい青年がいることを誇りに思いたい。
感謝!
最後の3通目は、元の職場の親友S君である。
彼は実に味わいがある。彼と一緒に飲んでいるとなぜか「ほっこり」としてくる。
彼はクリスマスカードも年賀状も書かない。毎年師走のこの季節に白い封筒に丁寧な便りをくれる。便せん2枚にしたためられた誠実で率直な文章の行間に彼の空気と人柄をほのぼのとして感じる。人生の味わいを感じる。毎年この季節の彼からの便りが楽しみになっている。
ありがとう!
この3通の便りを受け取って、ふと思った。
人生って、突然の非情な別離とか、あまりに悲しい理不尽なことも多いけれども、そうした脆弱な心のゆらぎを支えてくれる、心温かい友の存在が大きいなと、あらためて、感謝の気持ちがこみ上げてきた。
人生万歳!である。

