高校時代、「夏の思ひで」を謳ったことをふと思い出した。


いま思えばあのころは,かけがえのない日々であった。毎日が潤沢な感性に満たされていた日々であった


往々にして人はそのかけがえのない時間に気がつかないものである。人生の皮肉である。


先日知人のN教授の軽井沢にある別荘に招待されてぶらっといってきた。


立派なログハウスだった。なぜかぐっすりと眠れた。清楚な空気と静寂な静けさが気に入った、こういった空間が人間が住むところだと思った。


周りにはひまわりが咲いてて、あたりにはキャベツ畑が広がっていた。




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N教授のお薦めで、合宿に来ている学生諸君に地球環境について拙いながらも少しだけshort lectureをした。新鮮なテーマらしく、学生諸君も結構真剣に聞いてくれ、なかなか良い質問も結構あって、嬉しく思った。人類の未来は彼らの手中にあるのである。

コスモスも咲いていた。「秋桜」と書く意味がなんとなく分かった。

しおらしくも毅然としてて綺麗だった。夏の象徴であるひまわりとコスモスが同じ軽井沢の土壌に共存していることが不思議にも思えた。




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何度来ても、軽井沢は好い。この静寂さと凛として毅然とした空気が好い。なぜか心落ち着くのである。心の故郷である。



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