日本人初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹が興味深いことを言っている。
「人間は未来に対して無力である」と。
そして、こう続ける。
「未来に対する無定形の熱情を有する人は必ずしも乏しくない。この熱情が、はっきりした形をとり、理性によって組織立てられるにはけだし稀である。」と。
たしかに、我々は、既に確定してしまって遡及できない過去と、まだ何が起こるかわからない不確実な未来との間の「現在」というほんの一瞬の時間の連続線上をかろうじて生きている。そうしたなかで、不思議な出逢いや感動や悲劇が人生を彩っている。
未来が、まだ何が起こるかわからない不確実なものであること自体は、その通りであり、また、湯川氏のおっしゃるとおり、人間は未来に対して無力であるのかもしれない。
しかし、何もできないということではない。人類は「希望」という大事な言葉を持っている。絶望に漂うのも1つの選択であるが、無限の可能性を信じて、模索するその姿こそが、また人間なのであろう。
現下の地球規模の危機、気候変動と国際金融危機は、まったなしの課題を人類につきつけている。そして、人類は、それが成功するか否かはともかく、未来に向かって行動をおこなさければならない状況に直面している。
地球環境と国際金融も似たもの同士である。いずれも、もはや国家単位ではとうてい解決しえないグローバル・リスクに直面している。もはやそこに国境は存在しない。そして、いま時代は、本来の人類の経済の仕組みや金融の在り方に、「原点回帰」を求めている。
いみじくも、去年、米国のポール・ボルカ―元FRB議長は、金融工学は市場テストに耐えられなかったと総括し、「金融工学のイノベーションを駆使した金融派生商品は最終的に利益よりもコストとリスクの方が大きかった」と語っている。
いままさに、「人間の社会システム、経済システムとはいったい何だったのか」が問われている。人類は、いままでの生き方そのものを根本まで掘り下げて再考すべき局面に立たされている。そしてこの原点回帰に向けての再考は、人類の地球環境とのつきあい方にも深く関わりあっている。
我々が直面している問題は、歴史的規模の問題であり、かつ地球的規模の問題である。小手先の処方箋で快方に向かう性質のものではない。いまや経済や金融のあり方や仕組みさらには人類の生き方そのものを抜本的に見直す百年の1度あるかないかの大切なパラダイムの転換期に来ているのである。
いまこそ、未来に対する無定形の「熱情」とそれを具体的に前進させ新しい未来を切り開くための「知性」が必要とされている。