むかしむかし、海の向こうの遠いところに、とある国があった。
そこで人々は日々笑顔の絶えないやさしい生活を送っていた。当時の生活は貧しく質素そのものではあったが、家族を思いやり、友情を大切にし、畑を耕し、魚を釣り、毎朝、昇る太陽に感謝し、小川の澄んだ綺麗な水を飲み暮らしていた。 土地は決して肥沃でもなく、険しい山がその土地の多くをしめていたにもかかわらず、人々は一生懸命荒れた土地を耕し、急な傾斜にも棚田をつくり、水を豊かに蓄えたその田園風景は実に美しい風景であった。自然と人間はなかよく一緒に共生していた。必ず家族で、朝、昼、晩と3度の食事を一緒にし、団欒を楽しみ、お互いの目を見てゆっくりと話すことが普通で、笑顔が絶えなかった。歌声がどこかしこから聴こえてきた。隣近所で病気の人がいたら親切に助けあるのに何の躊躇もなかった。お米が足りない家には、喜んで無期限でお米や食料を貸した。夕方には沈む美しい夕日を見て、今日も無事1日が終わったことを、自然の恵みに感謝する、そんな素朴なつつましい、それでいて穏やかな静かな生活をしていた。自分の家で作っていない欲しいものがあったら市場で物々交換をして調達していた。誰が誰よりも優れているとか、いいものを持っているとかに、さほど頓着する人は少なかった。それで何の不満もない、そんな質素でも心豊かな日々を送っていた。
それからしばらくしてのことだった。とある日、ある1つの素晴らしい画期的な工夫が始まった。とある1つの発明が偶然ながら生まれた。それは、「貨幣」であった。
その貨幣は、最初は貝殻であった。あまりどこにもあるわけでもないしかし誰もがその美しさを感じる貝殻であった。たまたまその便利さに気がついたら、またたくまに広まった。この貨幣という名前の貝殻は、1つの普遍的な魅力があった。厄介な物々交換取引の代用品として便利であることが発見された。財やサービスの交換を円滑化するだけでなく、雨の日の為に貯蓄したいと考える者にとっての価値貯蔵手段にもなった。その後、貨幣は貝殻から様々に進化した。やがて、不ぞろいな貝殻から、銀貨、そして金貨となり、貨幣は進化しながら、市場で自然に成長した。
同時にそのころから、人々の生活の仕組みも進化し、家族から村ができ、やがて社会が形成され、「国家」が生まれた。お互いの共通に必要なことを共同で運営する仕組みであった。最初は交代でやっていたが、やがてはその共通の仕事を専門にする人がでてきた。それを「政府」と呼んだ。そして人々はその一番偉い人を「王様」と呼んだ。そして人々のことを「国民」と呼んだ。国民は、その共通の仕事をしてくれる「政府」の仕事につかうお金を皆で公平に負担するようになった。それを「税」と呼んだ。最初はお米だったが、やがては貨幣で支払うようになった。
やがて、その政府は、共通の大事な仕事をする人は優秀で頭の良い人が選ばれるようになった。そして政府の権力も強まって、しばらくしたら、「貨幣」を一括して管理するようになった。当時はいろいろな人が自分で貨幣を作っていたが、やがて、金貨の形や分量や材質を統一したほうが混乱もなくなっていいだろうということになり、その貨幣を政府だけが独占的するようになった。そして貨幣を唯一政府だけが支配する様になった。それはとっても便利な仕組みであった。貝殻が貨幣であった時代は結構その真偽について揉め事も多かった。また人々が勝手に自分で貨幣を作ったので収拾がつかなくなっていた。しかし、やがて貨幣は金貨となり、しかも政府がそれを一括し発行し管理するようになったので、つまらない不毛な争いは消えた。人々はその貨幣を信じ安心して日々の生活に使った。
当初は、政府はこの金貨の品質と純度を保証していた。しかし、政府はやがて収入以上に支出を行うようになった。国民は、その政府の仕事にはまかせっきりであまる使い方には無頓着でうるさくは言わなかったが、常に増税には反対であった。それ故、王様とその臣下の政府の人々は、金貨に含まれる金の量を減らすことで通貨量を増大させる様になった。それはずるいやりかたで、国民をだますやりかたであった。国民は実際にはあまり価値のない貨幣を価値のある貨幣だと信じて使っていた。なぜならそれをチェックするやり方も時間もなかった。王様は、国民がその詐欺に気付かないことを常に望んでいたが、やがて国民はそれに気付き、激しく反対するようになった。発行した貨幣が実際の実物の価値の総額よりも大きくなってしまった。その足りない部分を何かでおげなわなければならなかった。その為、指導者達は他国を征服することでより多くの金を手に入れる事を強いられた。そのために、戦うことを専門にする「軍隊」を作った。他国を略奪のために攻めるというのは人聞きがあまりに悪いので自国を防衛するという大義名分をつくって軍隊を組織した。最初は国民が交代で軍隊の仕事を受け持ったが、やがて、戦うことを専門とする軍人という屈強な専門家が生まれた。
国民は自分達の平均収入を越えた生活に慣れ、サッカーとサーカスとパンを楽しむようになった。外国の征服によって贅沢のための資金調達を行うことは、より勤勉に働き多く生産することよりも合理的な代替手段であるように思われた。また、外国を征服することは母国に金だけでなく奴隷をももたらした。征服した土地で人々から税金を取り立てることは、より大きな強い国を建設する動機となった。 この仕組みは暫くの間良く機能した。しかし、やがて、人々は道徳的に堕落した。そして、自らでは生産しようとしなくなった。征服可能な国の数には限りがあった。それはその仕組みの限界を意味していた。金がもはや手に入らなくなり、彼らの軍事力は崩壊した。
当時、金を持つ者は実際に法律を制定し、裕福に暮らした。金貨が使用され、正直な商行為が法律により保護された。やがて、こうした国が世界のいたるところで生まれた。そして、その中から、生産力の高い国が成功し勢力を拡大するようになった。強力な軍隊と金を持つ富裕な国家が国や祖国の繁栄を支えるために、安易な財宝だけを求めて他国を攻撃するようになった。
その後、重くてその製造に手間と時間がかかる金貨は、もはや王国の通貨ではなくなり、やがて重くって運搬がやっかいな金貨は国の金庫に預けておいて、その引換券としての紙が通貨となった。それを「紙幣」と呼んだ。かくして国家は独占的に紙幣を印刷するようになった。国家はそのための法律を制定した。そして国家以外が紙幣を発行することを禁じ、勝手やに通貨を発行した者は厳しく処罰された。しかし、政府は1つのことに気がついた。それは、本来金庫に眠っているはずの金貨の量を上回る紙幣を発行しても誰も気がつかないことに。やがて国民に黙って金貨の量を上回る紙幣を発行するようになった。国民が誰ひとりとしてそのことに気がつかなかった。
こうした、実物資産の裏付けのない非兌換紙幣を国民に内緒で大量に印刷することは偽造に 他ならなかった。しかし、これは政府にとっては、永遠の富を保証する完璧なシステムであるように思えた。しかし、そうは問屋が卸さなかった。一つ問題があった。それは、通貨が実物経済の全体の価値をはるかに上回るほどに無節操に発行されることで、その貨幣の価値自体が下がってしまった。このようなシステムは偽造を行う政府のモラルを破壊し、国家の国民性をも破壊してしまった。一生懸命働いて、貯蓄して、生産する事への動機が失われ、その一方で借金やとめどない浪費が奨励されるようになった。政府は、税金を払いたくない国民のご機嫌をそこねないように、こっそりと国内で通貨量を増大させる方法をとった。その仕組みに企業やただ乗りしようという厚かましい人々が群がり、しまつにおえない悪循環となった。
当初は、一国の通貨は、その国の国内だけで使われていた。しかし、やがて、広大な土地を持ち、軍事力が圧倒的に強い豊かな国A国の通貨が、他の国でも利用するようになった。その通貨の優越性は、どこでも通用し、価値がなかなか崩れにくいとこころにあった。そして、多くの他国がその国の通貨を国家間の貿易でつかうようになった。そこでも、その国の政府は、国民をだましたとおなじ手口で、今度は他国をだまし、実際に金庫に眠っているはずの金貨の量を上回る紙幣を発行するようになった。他国の人々は、いつでも要求があったら金と交換しますというその大国の言葉を鵜呑みにしていた。
しかし、そんなうまい話が長く続くことはなかった。とある日、海の向こうのとある国F国が、久しぶりにその大国のお役人に向かって、「この紙幣にはいつでも要求があり次第、同額の金と交換しますと書いてあるので、明日までに金と交換して欲しい」と申し入れた。ところが、予想に反して、そのお役人は顔色が変わって、説明がしどろもどろになった。その対応に疑念を抱いたそのある国は、紙幣を信じていてことが不安になった。そしていままで持っていた紙幣を相当の額の金への交換を求めた。ところが、あわてたのはその大国A国の政府高官であった、なぜなら、そんな大量の金を実際金庫に持っていなかったからである。
そして、そのA国の王様はとんでもないすごいことを発表した。それは、「今後一切紙幣を金と交換しない」という宣言であった。一種の居直りであった。これは、いままで行ってきた詐欺を自白し居直った宣言であった。こうして、いままで世界の人々が信じてきた金との交換を拒否した時に全てこの仕組み派は終わった。それは他ならぬA国の破産宣言でもあった。
短期的には、A国に巨大な経済的利益を与えたこの魔術にも似た仕組みは、しかし、長期的にはその脆弱なからくりが露呈することで世界中に脅威を引き起こした。しかし、不思議なことに、この歴史はまだ続いた、驚くことに、こうした本質的な問題を世界は放置してしまった。つまり、金との交換を拒否したA国の通貨をそのまま使うことにしたのである。その一方で内在する政策の欠陥を理解し解決することも出来なかった。これは不可解な倒錯した共同幻想であった。世界中の人々が、圧倒的な軍事的圧力を背景にしたその国の発行する紙幣なら問題なかろうと思考停止に陥り、やや「循環論」に近いその無限装置に頼り続けた。そして元来無理があったその無限装置は、さすがに時折息切れした。しかし、こうした潜在的な問題は、時に戦争という乱暴な手段までもが取られ、なんとか息を吹き返しながらごまかしごまかし、良い訳を言いつつ、不安定ながらつないできた。それは全て、深刻な欠陥のある貨幣システム・経済システムによって人為的に作られた問題と矛盾を解決するためであったもはや後には引けないチキンゲームに似ていた。。そして、いつもこうしたつじつまあわせで犠牲になるのは、名もない貧しい人々であった。要領の良い一部の特権クラスの人々が大量消費の飽食に明け暮れている一方で、かような張子の虎の仕組みの中でいつも多くの善良な貧しい諸国民が悲しい目にあわされていた。。
やがて、居直ったA国は、輪転機を回し続ければ結構生活が楽に続けられることに気がつく。なぜなら、金と交換しなくてもよい紙幣は印刷すればするだけ架空ながらも対外的には価値を生んだ「打出の小槌」であったからである。諸外国が実物財と引き替えにそのA国の通貨を受け取り続ける限り、経済がうまく周ることに気がついた。そしてそれに味をしめた。抜きん出た存在であり続ける限り、こうした空虚な無限装置が回転し続けることに気がついた。しかも、大量に紙幣を印刷しても、それが外国で流通する限りは、あまり自国に被害が及ばないことにも気がついた。それはA国にとって一方的に有利で好都合な仕組みであった。世界はその大量にでまわったお金で中毒症状に陥った。そして、地道にコツコツ働くよりも日々を享楽的に生きることがクールだと誤解する悲しい人種も増加した、そしてやがては、こうした大量生産、大量消費、大量廃棄型の飽食の人々の生き方自体、地球環境破壊という深刻で大きな壁にぶち当たった。しかし、一方で、A国の国民はお金を借りてその日の明日よりも優先する人生観で享楽的に刹那的に過ごす人々が増え、その性格は国家にも伝染した。問題を先送りする体質がA国自体にも染み付いてしまい他国から無節操に多額の借金をするようになってしまった。こうした通貨制度のいかさまをその被害者から隠すためのあらゆる巧妙な手段が実行された。A国市民は、ローマ人と同様に「パンとサーカス」を楽しむ事に終止した。 しかし、やがてA国も、自国の金庫にある金の在庫が尽き果てて、征服した国家から略奪することも不可能になったことでローマ帝国は滅びたことの重大さと深刻さを、他人ごとではないことを知る日は遠くはなかった。真の価値を持たない貨幣の受容を人々に強制しても、それは短期間しか成功しないのである。結局それは国内・国際の両方での経済的混乱を招き、高い付けが支払われることは歴史が証明している。
そしてついにその事件が起こってしまった。大量に無節操に世界にあふれ出た通貨は、実際に必要な資金量をはるかに上回ってしまっていた。やがて、実際に必要な量異常のお金は「お金がお金を生むマネーゲーム」に集中した。そして、本来お金を借りて自分で家を買うことなぞはなっからあきらめていた貧しい人々にも言葉巧みにお金を貸して、彼らが本当に返せるかどうかには一顧だにせず、あげくの果てはその貸出債権を他人に売って自分は回収義務から解放され、利益を得るような、ふとどきで不健全は商法が蔓延してしまった。それはもはや信頼に基礎を置く経済の仕組みの断末魔の風景であった。そのあり余ったお金は、トランプのババ抜きゲームに似ていた。誰かが得をしたら誰かが損をしていた。皆が幸せになるゲームではなかった。
本来、正直な交換には真の価値ある物だけが必要であるという法則は当たり前であるが、これが当たり前でなくなったことに悲劇性があった。全世界規模の不換紙幣という長年の不健全な実験の結果として起こる混乱状態は、ミゼラブルなものであった。そして、いまや人々は、あの遠い昔の真に心おだやかで自然と調和できていたあのころを思い出し、いまこそ、真の価値ある通貨への回帰を必要としている。