秋の週末は、お風呂に早い時間帯に入り、すこし赤ワインをたしなんで、早めに床に入って好きな本を読むのが至福のひとときである。


いま、秋の夜長に、エルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger)の『生命とは何か(What is Life?-The Physical Aspect of the Living Cell-)』を読んでいる。


世田谷徒然日記-s


我が家の3人目の次男の通っている高校の生物の先生が進めてくれた文庫である。実に含蓄がある。門外漢の徒然人も夢中になってしまう魅力がある。これこそ真の古典であろう。


ケンブリッジ大学から出版されたのが1944年であるから早いもので既に64年の月日が経っている。同じケンブリッジ大学のジョン・メイナード・ケインズが書いた『一般理論』が1936年であるから、ケンブリッジの小さな大学街から8年をはさんで、歴史的でアカデミックな偉大な成果が2つもこの世に出たのである。


シュレーディンガーは、この本の最初にいきなりスピノザの箴言を書いている。

「自由人の叡智は、死ではなく生を考えるために在る」と。


さらに徒然人の心をとりこにした言葉は彼の「まえがき」の中の次の言葉である。


「我々は、すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を先祖代々受け継いできたが、しかし、学問の多種多様な分枝は、その広さにおいても、深さにおいても、ますます広がり、奇妙な矛盾に直面するに至っている。1人1人の頭脳が、学問全体の中の1つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することはほとんど不可能に近くなってしまった。」と前置きしつつ、あえて「我々の真の目的が永久に失われてしまわないように、物笑いの種になる危険を冒してもそうするより道がない」と割り切りながら、「諸処の事実や理論を総合する仕事に思い切って手をつける他に道はない」と踏み込んでいる。これは偉大な勇気である。この心意気に喝采をあげたい。


かれのこの本の中で最も面白い部分は第1章の第4項「原子はなぜにそんなに小さいか?」である。そして「我々の身体は原子に比べてなぜそんなに大きいのでしょうか?」とも問う。これは謎かけではない、真摯な議論である。


【シュレーディンガーとは誰か?】 ・・・公開情報より抜粋

正式な名前は、エルヴィン・ルドルフ・ヨーゼフ・アレクサンダー・シュレーディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger)、1887年8月ウイーン生まれの物理学者。波動力学で有名。本著で分子生物学の領域を開拓。1958年には『精神と物質』によって人間の精神世界の解明にとりくんだ。科学の多くの領域に足跡を残した20世紀の巨人である。1933年にノーベル物理学賞を受賞している。、『精神と物質』では、次のように記している。「西洋科学の構造に東洋の同一化の教理を同化させることによって解き明かされるだろう。一切の精神は一つだと言うべきでしょう。私はあえて、それは不滅だと言いたいのです。私は西洋の言葉でこれを表現するのは適さないということを認めるものです。」「宗教は科学に対抗するものなのではなく、むしろ宗教は、これとかかわりのない科学的な研究のもたらしたものによって支持されもするものなのであります。神は時空間のどこにも見出せない。これは誠実な自然主義者の言っていることであります。」「西洋科学へは東洋思想の輸血を必要としている。」