素晴らしいの一言に尽きた。濃い2時間半であった。

今日午後溜池のサントリーホールで、恒例の「アリババと15人の盗賊」のリサイタルがあった。なんと今年は記念すべき「20回記念リサイタル」であった。



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(軽妙で明るく時折ほろりとする)


今年も期待を裏切らない素晴らしい心温まるひとときを過ごせた。今年はイエール大学の合唱団関係者も参加してくださり、「蘇洲夜曲」等日本の心をを心を込めて歌ってくださった。その素晴らしい熱唱に感慨ひとしおであった。


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(イエール大学のDavidの「蘇洲夜曲」の素晴らしい熱唱)


いま会場で購入してきた記念アルバムCDを聴きながらこれを書いているが、あの時の感動が再びよみがえる。


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(元慶応義塾大学ワグネルの諸氏)



また、新しい曲も何曲かあり、嬉しいことに徒然人が学生時代に大好きであった久保田早紀の「異邦人」もあった。さらに驚くことにこの「異邦人」を作詞作曲なさった久保田早紀さんご本人が会場にいらしていて、しかも徒然人のすぐ脇にいらっしゃって会場の皆さんにご挨拶され、会場の皆さんもとても驚き歓声をあげていた。


この素晴らしいアリババと15人の盗賊が永久に栄え永続されんことを祈っている。


アリババと15人の盗賊20回記念リサイタル】

日時;11月24日(祝)14:00p.m.

主役;アリババと15人の盗賊

場所;サントリー小ホール

料金;2,000円

詳しくは→ http://www.ali-baba.cc




アリババと15人の盗賊とは何か?】(同HPより抜粋)

名称;年寄りの逆襲アリババと15人の盗賊

元テレビ局プロデューサーの宮島将郎が1982年の担当番組に出演したエール大学 合唱団ウィッフェンプーフス(Whiffenpoofs)の魅力に執りつかれ、毎年来日をボランティアで世話するうちに自分も同じような楽しいコーラスをやりたくなって1987年に始めたアカペラのアンサンブルです。日本のポピュラーソング(演歌を除く)をアカペラで歌います。 隊員は平均年齢61.9歳(2006年正月)、ビジネスマン17人(現役11・年金5・園長1)+女性1名。慶応大学ワグネルソサィエティOBが中心で、早稲田とお茶の水が一人づつ。過去のメンバーには関学1、エール2、クィーンズランド1もいます。 ほとんどの編曲と作詞作曲は座付き編曲者の隊長、宮島が担当、巧い下手に関係無く全員がソロをし、全員がバックコーラスで支える<みんなは一人の為に、一人はみんなの為に>システムです。過去16回(年1回)リサイタルを開催(近年はサントリー小ホール)していますが、最初は他人の曲を編曲していた隊長が、ここ数年は自分でオリジナルを作り始め、聴衆から喜ばれています。中でも1999年のリサイタルで披露した「バブルバブルブー」は反響が大きく、多くの聴衆から「ぜひ世に出したら」 と勧められました。隊長は三木鶏郎が昔ラジオでやった「日曜娯楽版」の風刺精神が大好きで、2000年には「リストライクがど真ん中、見送り三振すぐ首だ」という歌詞の、リストラされた男の歌「草野球の歌」を発表、サントリーホールを大爆笑の渦に包み込みました。2001年は「女房への手紙」で、どうしても習癖から抜けられないサラリーマンの独白を聞かせ、2004年は「ゆうべは最高」で、サラリーマンの滑稽な下心や定年の悲哀を歌いました。
下町シリーズには、下町のアパートで一人暮らしのお婆さんが、子どもの頃に好きだった桶屋の息子をを懐かしむ「桶屋の新ちゃん」、息子を怒鳴りながらも愛情たっぷりな下町の屋根屋夫婦を歌った「屋根屋の大五朗」、戦死した子供たちをいつまでも店で待つ「駄菓子屋の茂さん」の歌、花火の夜の若い男女の恋模様を歌う「花火」などがあります。 クラシックの編曲では、バッハの「G線上のアリア」をもじった「爺さん上のアリア」(2004年)が大好評。 キューバの90歳バンドを手本に、年寄りの逆襲と楽しさを追及する「アリババと15人の盗賊」の明るい未来にご期待ください。(文責:宮島)

直線上に配置
★これまでの足跡
毎年6月     エール大学Whiffenpoofsコンサート賛助出演
毎年7月(終了) 長野県佐久市メアリーローズガーデン出演
2001年7月    NHK「首都圏生き生きワイド」出演
2002年7月    東京三田倶楽部出演
2003年5月    TBS「大沢悠里のゆうゆうワイド」出演
2003年10月   「六所の森コンサート」出演
2004年1月   「エフエムあやべ」出演
2004年2月   「エフエム入間」出演
2005年1月   「田崎真珠サロンコンサート」出演

以降毎年サントリーホール等でリサイタルを開催、今年は20回目!!


【ご参考まで; 久保田早紀「異邦人」

作詞・作曲: 久保田早紀 1979年。

1979年12月から12週の長きにわたり連続ベストテン入りする大ヒットとなった。

元々は「白い朝」というタイトルであった。

  ↓

http://jp.youtube.com/watch?v=cIsCifnFy9Y