人生様々な出会いがある。その長い人生航路の中で自分の人生に決定的な影響を与えてくれた敬愛すべき人間が居ることは幸いである。
先日敬愛してやまなかった大学時代の恩師がお亡くなりになった。そして、今日、葬儀があった。新聞の訃報をみて日本中から駆けつけてきた学生時代の仲間や諸先輩もいらしていた。
告別式で人生の出会いについて静かに思った。
恩師は、温厚で静謐で人望と知性の塊のような存在であった。まだ徒然人がドイツにいたころ一度脳梗塞で倒れられた。ちょうどベルリンの壁が壊れ、ドイツが統一して、欧州が統合に向けた歴史的局面に居合わせた時期にあたる。その時、徒然人は日本に居なかった。先生はその後ご自身のリハビリへの並々ならぬご努力の甲斐もあり無事復帰なさり大蔵省の委員会活動等も積極的になさっていたが、その後再び倒れられた。しばらく静養されていたが、最後は老衰で還らぬ人となった。
89歳の大往生であった。静かな遺影が懐かしくも切なかった。
先生は絵を好んで描かれた。そして世界中を旅行なさった。愛妻家でいつも奥様がご一緒であった。葬儀から帰宅し、頂いた来た袋を開けると、そこには先生が生涯かけてお描きになった画集が入っていた。夢中で読んでしまった。涙が出てきた。
画集には先生の人生のヒストリーが丁寧に朴訥に綴られていた。若かりし頃ロンドンに留学された先生は、神戸から船で欧州に向かった情景が描かれていた。途中に出逢ったスエズ運河の光景や、寄港地バルセローナの印象等、ケンブリッジ紳士、ロンドン大学の図書館、石橋湛山のご長男で当時ロンドン駐在をされていた石橋氏との思い出、帰国の際に見た霧深いリバプール港、初めて見るパナマ運河等々、青年であった恩師の顔を創造しながら、あたかも物語を読んでいるような錯覚に陥った。
先生の目を通してご覧になった様々な風景が誠実な心優しい先生のお人柄を表した柔らかい色調の絵が、悲しみを癒してくれた。
そこには先生が居るようであった。
合掌