なぜか敬愛すべき白洲次郎と正子夫婦を連想してしまう友人夫婦が鎌倉に住んでいる。 このOさん夫婦とはもう徒然人がドイツに赴任する前からだから、長いおつきあいになる。
決して容姿の類似性を言っているのではなく、職業も時代掃背景も生い立ちも違うのであるが、その生き方の感性とでもいったいいのだろうか、センスオブライフに近似値を感じる、彼らと話をしているといつも同じ思いがする。このご夫婦。ご両人とも、潔いというのかさっぱりしておるというのか毅然としている。友人に世辞を言うつもりも毛頭ないが、単にそういった感じがするのである。原則、静かである。品がある。そして心優しいのである。おそらく徒然人よりも何倍も大人なのだろう。
今回、彼らの八ヶ岳西麓の別荘を訪問させていただき、心豊かな休日を満喫させていただいた。
連休の夫婦水入らずの貴重な時間の無粋な徒然人の不躾な訪問はなんとも無神経で失礼であったであろうに、快く温かくもてなしていただき、あらためて感謝の気持ちがこみ上げてくる。持つべきものは友達とはよくいったもので、ありがたい話ではある。
(白樺の林、やはり高原である、朝の空気が嬉しい)
(木漏れ日が実に好い)
以前おじゃました時にも大歓迎してくれたアイリッシュ・セッターの茶々の介君も大歓迎してくれた。彼はなんと立派に成人され、人間の年齢では30歳くらいだそうで、色艶のよい赤毛(我々には茶色に見えるが英国人は赤毛と形容するらしい)の輝きも磨きがかかり、立ち振る舞いにも落ち着きもそなわってさらに成長が伺えた。
(立派に成長した茶々の介君の雄姿)
到着早々、大好きなヒエヒエのギネスで乾杯。心憎い演出。美味しいパスタをご馳走になった後、午後はは、近所の広大な草原で茶々を遊ぶ。実に気分が好い。
(都会では観ることのできない素晴らしい光景だ)
茶々はとっても嬉しそうに草原を走り周る。それを観ていて我々人間も気持ちよくなる。こうした広大な風景を時折眺める時間って大切にしたいと思った。
(もう高原は秋である)
(高原に咲くコスモスが実に嬉しい)
(近所のせせらぎ、水がつめたくて清い)








