実に面白い論文がある。いわゆる「レーゲンの砂時計」の概念を始めて世に示した示唆に富む画期的な論文である。


Nicholas Georgescu-Roegen (1971). ENTROPY LAW AND THE ECONOMIC PROCESS 
である。

この不思議な名前の砂時計は以下のようなものである。



    <レーゲンの砂時計>


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この妙な砂時計を考えたのは、ルーマニアの数理経済学者ニコラス・ジョージ・レーゲン(1906‐1994)。だから、俗に「レーゲンの砂時計」と呼ぶ。彼の「エントロピーの砂時計」という比喩である。彼は、経済学と物理学の融合、つまりエコノミー(経済)・エントロピー(エネルギー)・エコロジー(環境)の“3E”統一を試みた先駆的な人物である。


以下、公開情報引用を参考に簡単に解説をつけておこう。


彼は見事にこのひとつの砂時計を用いて、分かりやすく「宇宙」「太陽光」「地球」、「人類」を網羅そてく示している。この砂時計は、内部を密封したガラス容器で作られている。砂が外部から補充されることもなければ外部に流出することもない、まさにこれを閉鎖系と呼べよう。上半分の部分が宇宙、下半分が地球を示している。砂は太陽光、くびれ砂の流率を表している。上半分の砂は、少しずつ一定量のペースで砂時計のくびれを通って砂時計の下半分である地球に届く。そして地球で、植物の光合成を経て炭素を含む有機物に変容され、地球上の生態系を維持する。一連のフローで地球上に降り注ぐ太陽光は、砂時計の底に到達する頃には、高エントロピーの状態となり廃棄される。(高エントロピーとは、難しい言い方であるが、以下を参照。)砂時計の下半分・ガラス面の右上部に付着している砂は、太古の昔、落下中だった砂の一部が底まで落ち切らず、利用可能な低エントロピーの状態で地球上にストックされた石炭や石油のような化石燃料を意味する。石炭が木材、石油・天然ガスが生物というように、化石燃料も太陽光が光合成により形を変えた一種であり、数億年のスパンで地中深くに埋蔵されてきた訳である。ところが、産業革命を機に農業社会から工業社会へとパラダイムシフトし、この機会に人類は、これら化石燃料を急速に消費し始めた。ようは、人類は、産業革命を契機に、自然の恩恵に与る活動が人為的な経済活動に切り替わったことで地下の奥深く利用可能な低エントロピーの状態で眠って化石燃料をパンドラの箱をひっくり返すように地上に発散し始めたのである。19世紀初頭以降、人類が砂時計の括れから絶えず流れ落ちる砂に加え、ガラス面に穴を開けて張り付いた砂を利用するようになり、これが現在も続いている化石燃料の利用(探鉱→開発→生産→消費)に該当する。過去のストックである以上、あらかじめ砂の総量は決まっており、化石燃料の資源量も究極的に有限であることに相違ない。そして、熱力学の第二法則「エントロピーの法則」に基づき、一度使った砂は二度と使えない一方通行のスループット(通過物)であることから、レーゲンの砂時計を上下に引っくり返してリセットすることは不可能である。


いまでも砂は猛烈な勢いで落ち続けている。



【参考資料】

Daly, Harman (1996). Beyond Growth: The Economics of Sustainable Development. Beacon Pr. (ハーマン・E・デリー 著、新田功ほか

訳(2005)『持続可能な発展の経済学』みすず書房)

北村慶『温暖化がカネになる』(PHP)


【ニコラス・ジョージ・レーゲン】・・・・・・公開情報より引用

Nicholas Georgescu-Roegen

1906年ルーマニアのコンスタンツァに生まれる。ブカレスト大学の数学科に学ぶ。政府留学生としてパリに留学、統計学を専攻。その後、ロンドンで、数理統計学の創始者カール・ピアソンの指導を受ける。1934年アメリカに渡り、ハーヴァード大学でシュンペーターに学び、統計学者は経済学者に変身。1936年ルーマニアに帰国、ブカレスト大学統計学部の教職の傍ら、中央統計研究所の役職を勤める。第二次大戦後、休戦委員会の事務局長の任につく。1948年アメリカに亡命。1949年ヴァンダービルト大学の経済学の教授となり、数理経済学のパイオニアとしての業績を挙げる。それらは『分析経済学』(1966)にまとめられた。その序論を拡張して生物経済学を構築したのが『エントロピー法則と経済過程』(1971)である。1990年ローマに設立された生物経済学会の名誉会長を勤める。1994年没。


エントロピーとは何か?

エントロピー(ドイツ語:Entropie)という言葉は、1865年にドイツのクラウジウスが創った言葉である[Rudolf Clausius: Über verschiedene für die Anwendung bequeme Formen der Hauptgleichungen der mechanischen Warmetheorie, Annalen der Physik und Chemie]。“en”は「中に」という意味の接頭語で、“tropie”は「変化」を表すギリシャ語に由来する。だから、エントロピーとは「変化に内在するもの」という意味である。高温のシステムと低温のシステムが接すると、熱の移動が起きるが、この変化の中において、エントロピーが増大する。物理学が専門でない方なら、「エントロピーとは、不確定性、乱雑さ、無秩序の度合いである」という程度の理解でよいとの説明もある。