「世界はもっと豊かだし人はもっと優しい」を読了。
映画監督森達也の書いた本。森達也はユニークなドキュメンタリー映画監督で、代表作品は「A」や「A2」である。
彼のキーワードは「スタンピード(Stampede)」
このスタンピードとは、バッファローやシマウマ等の群れを作る草食動物やハト等の鳥類一般に観察される傾向のことで、ドゥ-ビー・ブラザーズのアルバムのタイトルにも「なっている。「たまたま一匹が走り出すと周囲も理由も分からないで同調して走リ出す現象」の意味であるが、この話を聴いていておもわず我々日本人の行動様式を類推してしまった。
彼は言う、爪や牙をもたない彼ら草食動物にとって天敵である彼らの接近をゆるすことは死を意味し、危険に対しては過敏に反応しなければならない。だから群れをつくる彼らの暴走は共通に見られる現象である。
人間も進化の過程で爪や牙を放棄した。肉体的にはライオンは熊に比べて脆弱である。そして、やがて「群れ」をつくるようになり、地縁・血縁で共同体を作り、有機的に結束しながら、文明を作り、人類は繁栄する。そして他のライオンは熊がかつていままで持ち得なかった「知能」を持ち、それを活用して道具や武器を発明し、地球上で最強の動物となって君臨する。そして自然を破壊してきた。
しかし所詮「小心者」の集団であることに代わりはなく、その本能のなかには、上に述べた「スタンピード(Stampede)」は残っている。
特に人類の中でも「草食動物性」の高い日本人はその傾向が強いのかもしれない。ようは我々日本人はスタンピード(Stampede)な民族なのかもしれない。おそらく過去の忌まわしい悲惨で不幸な戦争も、あるいは、猛烈に働くワーカホリックな集団行動も、一連のバブル現象も、いずれもこういった日本人に通底している「小心者」の不幸な結果かもしれない。
特に人類はとかく違う「群れ」に属している者や集団を、「仮想の敵」として警戒し、時に攻撃する。卑近な例では小学校や中学校で頻繁に起こっている「いじめ」もこういった「群れ」一種の変形であろうし、逆にいじめを通じて結束する不健康な社会現象である。そしてその規模は社会や国家というレベルまで大きくなるにしたがって悲惨なものになってゆく。その究極が戦争であろう。
人は家族や同僚、自分を守るためにこの、「仮想の敵」を攻撃する。1人1人は善良で優しいのに、集団となると残虐で攻撃的になる。これったナンだろうか?
人は自分の利益のためにはそんなに大量の殺人はできないものらしい。しかし、正義や善意や憎しみや恐れや大儀を燃料として正当化された理由が固まると、仮にその前提が誤まっていても偏見からであっても、集団行動をする場合、普段とは違った残虐な行動をとるようである。中世の魔女狩りや、ホロコーストやベトナム戦争、さらには、近時のブッシュによるイラクの根拠なきアタックの例を出すまでもなく戦争時の残虐な風景は全てこういった人間の集団行動の断末魔の風景である。
そしていつも小心は群れの共同幻想の不幸な結果として、多くは抵抗力弱い貧しい人々や子供達が犠牲となっているのである。
最近の日本のマスコミの動向や永田町の先生方の政治様式や、さらには経団連の偉い方々の顔色を伺ってしっかりとした毅然とした温暖化対策を打ち出せないままに洞爺湖サミットを迎えようとしている日本政府や官僚諸君の情けない挙動もある意味でこういったスタンピード(Stampede)の変形かもしれない。