六本木の鳥居坂にある国際文化会館でフォーラムに参加。

内外の様々な人々の意見交換が刺激的であった。


国連の人口部(Population Division)のBuettner博士の話や、かたやドイツからはボンの経済社会研究所のDirector Prof.Miegelが挑発的なレクチャー。


テーマは「世界の人口動態」で実に刺激的で面白かった。


中でも、「2055年の日本の姿」のシミュレーションはショックであった。


日本の人口ピラミッド変化予想では、2005年時点で1億2,777万人であった日本の人口は、2030年には1億1,522万人、いまから約48年後の2055年には8,993万人まで減少しているとのこと。

人口9千万人以下の日本って想像できるだろうか。


2025年の日本は、65歳以上の人口は国民の半分になる。すごい「超高齢化社会」である。


労働人口も2004年から2030年までの26年間で▲533万人、2020年から2050年までの20年間でさらに▲1,245万人が減少すると言う。この稼ぎ手の大幅な減少に伴い、よっぽど効率を挙げて生産性を高めない限りは、日本全体の稼ぎは急減することは必至で、さあどうするか、大問題であると、古くて新しい議論となった。


論理的に言えば200年とか400年とかすればドイツも日本も大幅に人口減少が進み、日本の人口もあっという間に鎌倉時代程度の水準まで落ちてゆくらしい。国富の減衰は明らかである。


いずれは消え去る運命か。


ドイツ人の先生達は、そう言えばギリシャもローマの過去の帝国は、最後は人口減少が滅亡の原因となったと、物騒な引用をしていた。


一方では、人口減少が何が問題なのだ、という本質的な議論も出てこれがまた白熱して面白かった。

確かに、何が問題なのかを考えることは有益である。いなおった言い方ではあるが、1人1人が幸せであれば、その総和の国力が縮小していってもそれで好いという考えも否定はしない。

ようはドイツがオランダになった、日本がシンガポールになっても好いという議論である。しかし、やはり、ギリシャもローマもカルタゴにならなかった、そして滅亡した。

国防のみならず、国際的な交渉や経済バランス等の観点から、世界中がEUのように統一されない限り、ある一定の規模はどうしても必要らしい。要は程度問題ではあるが。


どうせ自分の生きているうちは何も変化がないだろう・・・というのは素人の浅はかさ。

結構ジワジワ現実は進行しているらしい。


油断も隙もあったものではなく、その危機管理をして、移民受け入れ等で具体的な対応をしっかりとろうとしている欧州やアメリカと、何ら無策で官僚機構で身動きのとれない日本とではいずれ明暗が出てくる気がしてならない。どうも日本の永田町の政治手法は「その場限り、有権者の人気限り、投票限り」の皮相的な動向が目に付き、長期的なヴィジョンにたった百年の大計を構築してゆこうという志が感じられないのが残念である。しかし、悲観することもなかろうし、我々も評論家じゃあるまいし、傍観していてもようがない。その点、今日出席されていた某参議院議員氏とは、いろいろ意見交換したが、問題意識と危機意識をしっかり持たれ、かつ自ら実行活動されている稀有な人物であった。また数年前までは外科医をしていた正真正銘の医者であるが、しっかりヴィジョンをお持ちで好感できた。正々堂々と大活躍を期待したい。