連休中、時間ができたので「高村光太郎」についての鼎談(座談)会を聴きに行く。
光太郎の「道程」の直筆原稿も初公開でこの目で見ることができたのは幸運であった。
世田谷美術館の酒井館長も光太郎の甥の写真家の高村氏もいろいろ面白い話をしてくれた。この前の2月徒然人が出張の折に訪問したパリの下町モンパルナスでの光太郎のアトリエの話やそこでの梅原龍三郎との邂逅。智恵子からの膨大なラブレターの逸話。バーナード・リーチとの劇的な出会いと再会。父親の光雲への敬愛と父との距離感。詩人であり彫刻家である芸術家の真髄。そこかしこに生真面目で正直な光太郎の人生を感じた。
彼の最後の遺作。死後囲炉裏の中から発見されあわてて石膏とりしてなんとか残された「野兎の頭」、それをしばらく眺めていながら智恵子を愛した光太郎の晩年の静かな生活とあくなき芸術への熱い思いを感じた。
「あどけない話」
智恵子は東京には空が無いといふ
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、切っても切れない、
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言う。
安達太良山の山の上に
毎日出ている青い空がほんとうの空だといふ。
あどけない空の話である。



