世界各地でグローバル・カーボン・マーケット構築に向けた動きが徐々に活発化してきている。そして、やがて近い将来、ドルに変わってカーボンが国際通貨になる日が来るかもしれない。これは絵空事ではなく、きわめて現実的な可能性の議論である。


いまから2年前の2005年1月、欧州排出権取引制度(EU ETS)が誕生。EUはCO2を大量に排出する発電所・鉄鋼等域内1万2千の事業所に排出可能量を割り当て、その過不足を調整するインフラとして排出権取引制度を設けた。実際の排出権取引は、オランダECX、ノルウエーNord Pool、ドイツEEX等既存のエネルギー商品取引所のプラットフォームと決済システムを利用し、システム投資コストを最小限に抑えている。取引量、取引額ともEU ETS創設以降2年間で3倍にも急成長し、EUの産業政策や環境基準が世界の環境スタンダードになりつつある。欧州以外でも、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州では既に「温室効果ガス削減計画(NEW GGAS)」が導入済みである。京都議定書を批准していない米国でも、来年の大統領選を睨み地球温暖化対策法案の議員立法準備が進められていると聞く。またそれに先んずる形で、北東部7州では「地域温室効果ガス・イニシャティブ(RGGI)」導入が予定され、西部5州も、本年2月に「西部地域気候アクション・イニシャティブ(WRCAI)」を発表、18ヶ月以内にキャップ&トレード・プログラムを設計することを表明している。注目すべき点は、米国市場が、大西洋を越えて欧州市場とリンクしたグローバル・カーボン・マーケットの創設も視野にいれていることである。


世界各地で起こりつつある「脱炭素社会」を目指した排出権市場創設の動きは、やがては欧米中心に市場間相互リンクを通じたグローバル・カーボン・マーケット構築に発展してゆくであろう。そして、依然として解決すべき課題は山積しているものの、来年の地球環境サミットや米国大統領選次第では、さらには途上国とのダイアローグの帰趨いかんでは、中国、インド、ブラジル等、途上国の参加も視野にいれた本格的なグローバル・カーボン・マーケット構築に向けて一気に気運が加速する可能性もあろう。


残念ながら、こうした中にあって、我が国にはまだ排出権市場がない。ようやく本年3月に改正温暖化対策法が施行され、排出権取引に必要な排出権の法的性質の整理や国別登録簿制度等法的インフラが整いつつある段階である。排出権を国際移転するためのトランザクション・ログへの接続も近々実現予定で、排出権を小口化し円滑な移転を可能とする信託方式導入の準備も始まりつつある。しかし肝心の温室効果ガス削減状況は厳しいものがある。経団連の自主行動計画に基づき電力、鉄鋼、電気等業界ごと35業種に対し削減目標値を設け削減努力を行っているものの、現実は削減どころか90年度比+8.1%も増加(2005年度実績)してしまっている。90年度比-6.0%削減目標達成は予断を許さないのが実態である。我が国においては、欧州流の義務型排出権制度導入に対して経済界中心に経済競争力減殺を懸念する声が多く制度導入に強い抵抗があると聞くが、日本がバスに乗り遅れないためには、自主参加型ではなく、欧米並みのキャップ&トレード・プログラムの設計と炭素税導入によるポリシーミックスを前向きに検討する必要があろう。

ハーバード大学のマイケル・ポーター教授は、「環境規制の厳しい国ほど効率的な生産を行うようになり、産業競争力が高い」と述べている。WWFはこのポーター仮説について我が国でのシミュレーションを行っている。その結果、短期的には環境対策はコスト高であるが、中長期的には輸出産業を育成し、産業構造がより付加価値集約的なることで雇用増加にもつながることが検証され、2015年時点で、環境対策の推進に伴う産業育成効果によるGDP増加は19兆円、国内対策コストを差引いた純経済メリットは14兆円、雇用者は140万人増加すると予想している。我が国には、トヨタのプリウスに象徴される世界に誇れる高水準の環境対応技術がある。毅然として世界に範たる環境立国の構築を推進してゆくことが日本の責務であろう。昨年11月ケニアのナイロビで開催された気候変動枠組み条約締結国会議で、京都議定書の第一約束期間が終了する2013年以降も温室効果ガスの削減を維持させることが再確認され、脱カーボンへの国際的潮流はより明確になった。本年2月にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が地球温暖化の原因は人間活動による温室効果ガスの排出増加であると断定、このままでは人類は破綻への道を進むと警告し、世界が速やかに低炭素経済に移行する必要を説き、世界に衝撃を与えたことは人々の記憶に新しい。


いま日本に求められているのは、脱炭素社会に移行するための道筋をグローバルで長期的観点から構築する構想力と、それを確実に具体化する実現力であろう。政府は今通常国会で「二十一世紀環境立国戦略」を打ち出した。そして6月には、温暖化対策も含めた「環境立国」のあり方を提示する予定である。日本が、近い将来地球的規模で構築されようとしているグローバル・カーボン・マーケットにおいて中核的な役割を担い脱炭素社会に向けて力強くリーダーシップを発揮してゆくことを期待したい。