人間の幸せって最適な水準ってあるのだと思う。もちろん「幸せ」は個々人でとらえ方は違うし、他人にとやかく言われる筋合いではないし、大切なのはその水準を自分で主体的に決めれることではあるが、逆に怖いのは、自分が最適水準をとうに超えてしまっているのにもかかわらずそれに気付かずかえって不幸になってしまうことである。これを昔の人はうまいことをいったんもので、「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。
思うに先進G8諸国の人々の太宗は自分が最適水準をとうに超えてしまっているのにもかかわらずそれに気付かずかえって不幸になってるのではないかと思う。物質的にはもう十分満たされているのに、毎日テレビや雑誌等で過剰に消費意欲を刺激し、虚栄心や射幸心をあおり、買わなくてもいいものを買わせようとしている。それがまた人々の冷静な判断を妨げ、幻惑させ、人間を強大な消費マシンにしてしまう。
世の中には無作為の罪もある一方で、「無為の美徳」もまたしかり。
なにもしない静かな本来の休暇やなにも消費しないでしずかに夫婦や家族で対話する時空がいかに大切か。思い切ってデパートは日曜日は完全休業し、毎週末が元旦のうような静かさが訪れたらさぞかし我々の「真の幸せ」に貢献するだろう。食生活もそうである。医者の話だと昭和30年代の食生活が一番身心の健康には好いらしい。いまの食生活は健康に有害らしい。アメリカほどではないにしてもやがて近い将来日本の街角にも「超肥満」な方々が跋扈し、異様な風景が出現するかもしれない。あるエコノミストは「日本は生活大国にはなれない道を選択して経済大国になった」と皮肉っていたが、確かに「人間大国」である道をいまからでも遅くはないから「おも舵一杯」きって軌道修正してゆくことが肝要であろう。
こんなに急速度に地球環境を破壊して、そのあげくの果ては人類自身が身心ともに不健康なやからが増産されるのでは、これこそまさに自然界への冒涜である。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。