神経芽腫の病気が分かったころ。
「高音が聞こえにくくなると思います。そのくらい薬を使います」と断言された。
だから覚悟は、なんとなくしていた。
だけど実際に起こると、やっぱりとても悲しく、気持ちが沈んだ。
day30
移植後30日。
耳鼻科で聴覚検査を受けた。
前に受けた時は、1クール目が終わった頃だった。
そのときは05A1療法でシスプラチンを使った後だったが、まだ聞こえに影響はなかった。
それから半年経った今回。
私も横に座って、聴覚検査を受ける娘を見守る。
子どもの聴覚検査は面白い仕掛けになっている。
音に気づいてボタンを押すと、画面が光ったり、人形が動いたりする。
楽しく子どもが検査をできるようになっているのだ。
はじめは音をしっかり拾っているようだった。
ボタンを押して出てくるおもちゃに、娘は楽しんで検査を受けていた。
だけど高音になると、様子が変わった。
明らかに鳴り続けている音に、
娘は全く反応しない。
私はどんな顔をして、その時間を待っていればいればいいか分からなかった。
「何か聞こえる?」と耳鼻科の先生が聞くと
「聞こえない」とはっきり言った。
何回も何回もその音は繰り返されたが、娘の反応はなかった。
かなりの音量になってようやくボタンを押した。
「音は小さいかな?」と先生が聞くと、
「うん、小さい」と娘が言った。
ほんとに聞こえなくなるんだな、と
なんだかぼーっとしながら思った。
どこかで、「娘は大丈夫」とでも思っていたんだろうか。
8000Hz以上が聞こえにくくなったらしい。
大きな音だったら微かに聞こえる。
聴覚検査のあと、これで試した。
8000Hzは大音量にするまで聞こえない。
10000Hz以上はどれだけ音量を上げても全く聞こえない。
私には8000Hzも10000Hzも当たり前に聞こえた。
これが娘には全く聞こえないの…?と驚いてしまった。
「これ以上悪くなることはないけど、よくなることはない」とのこと。
治療はなし。
補聴器もとりあえず使わない方針。
娘の世界から高音が永遠に失われた。
とすごく悲観的に思った。
これからもきっと
一つ一つ失ったものが明らかになる。
「高音の聞こえ」は、
その中では、圧倒的に些細なものだろう。
命には代えられない。
代えられないけれど、
この先を生きる娘から、一つ一つ何かを奪っていることに切なくなる。
少し前にシスプラチンの難聴に関する治験を知った。
1クール目が始まる前にこれを知っていれば、チャンスがあったかもしれないのに。
もっと早く情報を集めないといけなかったんだと自分を責めた。
そんなことしても過去に戻れるわけじゃないから、何も変わらない。
だけど責めずにはいられなかった。