出産レポートは終わりましたので入院編も書き綴りたいと思います!
1月11日 入院4日目。赤ちゃんは生後1日目だけどこの日は会えませんでした。
朝6時頃、目を覚ます。頭はやけにはっきりしていて「今日は動けるんだ!早く動きたいー」って思いが強く、でも勝手に動いていいのか分からなかったので寝たままの体勢でひたすら助産師さんが来るのを待ってました。
自分の体がどうなっているのかも知らずに…
8時。部屋の電気がついて朝食が運ばれてきました。
その時に点滴をかえてくれた助産師さんに「動きたいんですけどいいですか?」って言うと吃驚したように「頑張りますね!」と言って電動ベットのリモコンの使い方を教えてもらいました。
頭の部分を起こして座る体制になった途端…おなかに激痛!!

えっ!?ナニコレめっちゃ痛いんですけど!?え?え?とパニック。
だって次の日動けるって言ったやん。これ絶対無理なくらいの痛さだ…
混乱したままベッドの上に簡易机を用意され朝食のおかゆと出産の記録がされた母子手帳、入院のしおり、出生届、これからのスケジュールなどを言われたけど全然頭に入ってこない。
食事は水分以外は食べる気が全然しない。でも寝転がることもできないくらい痛いし勿論起き上がって歩くことなんてできるわけがない。
私はベッドの上に座ったまま身動きが一切取れなくなって本気でどうしようと思いました。
帝王切開になった場合の入院スケジュールには朝食をとった後は体調と相談して動けるようなら動きましょう、と書いてありました。
いや、無理!!!!!(笑)
どのくらい放心していたか分かりませんがやがてまた助産師さんがやってきました。
食事を下げられベッドごと診察室に連れて行かれ数人で内診台に移されてそのまま内診。
その前に傷口を上からグリグリ刺激されて下からの出血を見て子宮の戻りを見るこの行為…
めちゃくちゃ痛い!!!Y(>_<、)Y
陣痛とは違う外からの痛さ。なにこれ、いじめですか?って一瞬思いました(笑)
この内診で気付いたけど私の体、管だらけでした。
腕には点滴、お腹には管が通されていてベッドの下には血が溜まるパックがあり、そこにつながっていました。
更に下からは尿管が通されまたベッドの下には尿が溜まるパックが…。
自分がこんな状態だということ、全く理解できていなかったので唖然としてしまいました。
あとは動いてリハビリだー!と思っていたのにこんな状態で絶対無理じゃないか…と絶望したのを覚えています。
病室に戻って昼食が運ばれてきても食べれない。動けない。嫌になる。
昼食の後は手術着からパジャマに着替えて少し動いてみましょうと言われたけど無理。
「すいません…痛すぎて動ける気がしないです」と言うと無理はしないで安静にしといてくださいと言われベッドを倒してほっと一息。
そこでふと思い出した。そういえば今日仕事終わったら旦那が面会に来るって言ってた…
こんな姿、絶対に見られたくない。
そう思って携帯を探すとベッドの下に落ちてる…

どうしよう…ナースコールで助けを求めるか?いやでもこんなことで…
葛藤の後、自分でやってみよう!と汗だくになりながら、数本の管を絡ませながらも時間をかけ、何とか携帯を拾ったら充電2パーセント!?
切れる前に「今日はもう来なくていい」とだけ旦那にラインをいれておきました。
これで大丈夫…ああ疲れた…って思った瞬間、お父さんとお母さんが面会に来てくれました。
本当は両親にもこんな姿見られたくなかったけど会えた瞬間少しホッとしました。
携帯を充電してもらい、話そうとしたら服を着替えるため助産師さんが来てくれて両親、一時退室。
体が動かせないため、着替えも体を拭くのも全部やってもらう。
頭ははっきりしているのに体が動かせないこの情けなさ…
介護やんこれ…めっちゃ情けない…動けなあかんのに動かれへんし…もう嫌や…
って思ってました。
今から思えば仕方のないことなのに普段病気とかしない元気すぎる私はこのことが凄い情けないことだと思えました。
着替えが終わって両親が戻って来て、枕元の携帯からは旦那からの返信「体調悪いんか?」
両親にも旦那にもこんな気持ち言えなくて、もう頭がいっぱいいっぱいになったその瞬間、視線が勝手に上のほうを向き、白目になって眩暈を起こしてしまいました。
「なんか…上のほう向いちゃう…」って呟いてお母さんが吃驚して助産師さんを呼びに行ったまでは覚えてるんですが次に気づいた時は数人の助産師さんや看護師さんが私の周りを取り囲み、足を高く上げられ酸素マスクをつけられてどこかへ搬送されてました。
そのまま意識が朦朧としてる中、CTスキャンやMRI、脳外科の先生の問診を受けて誰もいない部屋に移され心配そうにこちらを見ている両親に気が付きました。
でも私はまだ目が開けられず…。何が起こったのか全く理解できませんでした。
この時には視点は元に戻っていたけど目を開けるのが困難なくらい瞼が重くてずっと目を閉じていたのを覚えています。
いきなり娘のこんな姿を見てびっくりしただろうなぁ…後で聞いたら相当周りを騒がせる出来事だったそうです^^;
何度も何度も検査や質問をされ、ちょっと落ち着いてきた頃に旦那到着。交代で両親は帰っていきました。来なくていいって言ったのに…(オイ)
夕食が運ばれてきて、食べてる間に旦那は娘に会いに行ってました。
うちの病院はNICUに入ってる赤ちゃんは両親ならば24時間会いに行くことができるんです。
私もまだ見に行けてないのに旦那はこの時点で2回も会いに行っててズルイってこの時思ってました(笑)
体調は落ち着いていたので少しだけど夕食にも手をつけられて、戻ってきた旦那に娘の様子を聞いてました。
丁度ミルクの時間で、体に管をたくさんつけられた状態なのに人一倍ミルクを欲しがり飲み終わった後でも口を動かして更に欲しがってた、食いしん坊な俺らにそっくりやなって笑う旦那を見て私も早く会いたいなぁ~なんて話してるその時…
また、眩暈が起きました。
目が勝手に上を向く。頑張って旦那のほうを見ようとするのに天井のほうにばかり黒目がいってしまって戻せない。
吃驚した旦那が「大丈夫」という私の言葉を無視してナースコールをし、助産師さんと二人で心配そうに私を見つめてました。
旦那は私の目の前にいるのに全く目が合わせれない!今回は意識はっきりしていたので自分で治そう、二人を見よう、心配かけるのは止めよう!
と頑張って視線を戻そうとするも無理…
この時の私の眼、相当怖いことになっていたと思います。
1時間くらいこの状態が続きました。
日曜日だったので先生があまりおらず、産婦人科の先生が脳外科の先生と連絡を取りとりあえず眩暈を鎮める点滴と筋肉注射をすることに。
それが決定するまでの長い時間、旦那はずっとそばにいてくれました。心配そうにずっとずっと私の顔を見つめてくれてました(視界の隅で確認した)
「今私の眼、気持ち悪いやろ…」と少し冗談ぽく言ったら「二度とそんなこと言うな」と怒られました。
情けない姿、見られたくないと思っていた私の考えは間違っていたのかもしれないなぁとこの時思いました。
助産師さんが温かいおしぼりを持ってきてくれて「コレ目に当てて少し休んどき」って旦那が言ってくれたのでしばらくの間、そうしてました。
数十分後、助産師さんが来て目を開けたとき…あ、治ってる!治ってるよー!!
旦那に言われた通りにしてたらなんと治ったのでびっくり。
安心した旦那は「絶対に無理はしないように」と言い残し、水のペットボトルを2本買ってきてくれて帰っていきました。
どれくらい時間が経ったのか分かりませんが面会時間は過ぎていたと思います。
その後、助産師さんに治って良かったですーって話してるその最中、また3回目の眩暈が起こったのですかさずまたおしぼりを目に当ててその間に点滴。
終わったころにはまた目も回復。次の眩暈が起こる前にもう寝ちゃいましょう、とベッドを病室に戻され消灯。
暗くなった部屋の中にぼんやりと明るい心電図の機械。私の胸と指先につながってました。
あぁ…また体につけられたもの多くなっちゃったなぁ…こんなに頭ははっきりしてるのに、なんで体がこんなに言う事きかんのやろ…明日も動ける保障ないし、こんなに管いっぱいやし、今の私人間じゃないみたい。母になって嬉しいはずなのに赤ちゃんにも会われへんし、なんかもう今の私ストレスしかない。
このまま寝たとしても次の日が来てもストレス多分消えない。またいつ白目むくかも分からない。一生このままなんじゃないかって思えてきました。
そしたらまた視線が上のほうに向いてしまい。。。
もう嫌…
今までの人生の中で味わったことのないストレスを感じながら無理やり目を閉じ、産後1日目が終了しました。
うわぁ書いててくら~くなっちゃった(笑)
入院レポートもう少し続きます(^^;)