ブレスレットやジュエリーから
持ち主の想いが歌になって流れてくる。


といううっちーさんとご縁があり
写真を送るだけでもOK

ってことだったので

軽い気持ちでお願いしてみました。




横浜みなとみらいの天然石のお店で
自分で好きな石を選び組み合わせて
作ったものです。


レポートの写真を送っていただきました。
もうもうドンピシャで

レポートを読みながら
涙も出てきてドキドキしました。

 

 


『今後は身につけるお守りというより、

今までの経験の記念としての

ブレスレットに役割が変わっている

ように感じました。』

 

とのコメントも。

 

 

 

購入したのは
医療関係の会社に勤めている時でした。

新人の時期もぎた頃仕事で大ミス。

ようやく信用も回復し

仕事への向き合い方が分かってきた頃
私の得意分野ができる人が少なくて

今度は業務量がキャパオーバー。

薬剤研究のプロジェクトを

6本ほど抱える状態に。
サブの社員もいました。
基本的に運用は派遣さんが行い
社員は業務最終チェック
クライアントとの会議
イレギュラー対応
予算や工数の管理業務など。


仕事は好きでした。

楽しくもありました。
信頼を失っていた期間があったので

任される事、頼りにされることが

とても嬉しく誇らしく感じていました。

でも時間に追われて

ギリギリの状態でも

また新規の立ち上げを任される。

 



上司との交渉が下手で
残業改善を指示されるも
問題点洗い出しの時間がとれず
(優先順位の付け方がおかしかった)
後任の方への引き継ぎも下手で
引き継ぎの時間がもったいなくて
人に任せるより自分でやって方が早い
と目先のことに囚われていた。

ただただ、繁忙期が終わるのを
待っているだけの堪え忍ぶ状態でした。

信頼できるベテラン派遣さんへ
ギリギリまで業務を落としたけど
肝心の社員業務を
他の人に流すことができず
自分でどんどん抱え込んでいきました。

 

終電で帰る期間が数か月。

海外との大規模共同プロジェクトの

立ち上げ業務が始まってからは

終電にも間に合わずタクシー帰宅。
毎日ヘトヘト。

 

忙しくなる前に旦那さまと結婚していて
「奇妙な遠慮が多い」

「業務状況がおかしい」

「上司ときちんと話をすべき」
「話ができないならやめて欲しい」
「見ていられない。」

言われてもどうにもならなくなって

体調不良と夫の勤務反対を理由に
仕事をやめました。
勤続年数約8年でした。

旦那さまの気持ちも当然です。

だけど、私にはあと少し待って欲しい、
もうちょっとしたら落ち着くのに、
もう少し続けたいって気持ちもあって
私のためを思ってくれていたのは
重々理解していたけど
板挟みの気分でした。

 


結局、上司に引き留められたのと
仕事を一気に仲間に任せる
(押し付ける)のも気が引けて
半年間は派遣として働きました。

 


派遣だったら社員業務
(各種研修、管理業務、会議、部署業務)
をせずに純粋にプロジェクトの業務
だけを行えば良かったから。

 

社員として退職前に引き継いで

その後は第一線からは退き

一緒に業務をしながら
派遣としてサポートしていました。


そんな折に妊娠したので

妊娠を理由に
胸を張って気持ちよく

退職できたのを記憶しています。

 


そんな時の相棒だった

ブレスレットです。

 


 

仕事や旦那さま(他人)との生活
育児を通じて

人との付き合い方(考え方)は

ガラッと変わりました。


しっかり者の長女と言う肩書きで育ち
甘えるのが下手でした。


人を頼るのはいけないことで
自分でできることは
自分でやらなければいけないと
根底に根付いている事に気付きました。


でも、人を頼ることを覚えました。

育児が始まる前に気付けて良かった。



無理は長続きしない。
物事を長く続けるなら
自分に負担のない方法を
探す必要がある。

今はそう思います。



ずっと
些細な「嫌だな」は我満してきました。
発言を控えていました。




「口は禍の元」
何かを言って問題になることが嫌でした。


でも、
【揉めることと意見を言うことは違う】
と、別の方にリーディングしていただき

指摘されハットしたのです。


 

普通の人にとっては
「当然」かもしれませんが

私にとっては

【自分の考えを言う=もめごとの原因】

という概念が根深くありました。


声優業界で仕事をしていた時に
(極端に世界が違いますが)
現場で会う他のプロダクションの方と
おしゃべりをする際に
「余計なひと言が多すぎる!!」と
散々マネージャーに怒られた
経験があったのです。


私を育てようという愛情だっと思います。


当時、元所属していた劇団の
大先輩女優さんと親しく
させていただいていたのですが、
その旦那さんがキャスティング権を
持っているプロデューサーさんでした。


そんなご縁でよく吹き替えの仕事を

いただいていました。

韓流ブームの始まり
CSの拡大
インターネットアニメの始まり

で、お仕事には恵まれました。


色んな方に目をかけてもらっていて
光栄でありつつも息苦しさもありました。

 


人との会話やコミュニケーション、
情報のやりとり境界線が
分からなかったんです。


今では状況・相手・自分の方針
色々なバランスを昔よりは
理解して判断できてると思います。

精神的にとても楽になりました。




他人ではなく自分にとって
必要なこと、不必要なこと
大切にしたいこと、優先順位を
情を入れずに線引きが
できるようになったと思います。



昔の自分にさよなら。
生きることに試行錯誤して
対人関係に苦しみ勉強していた頃の
想い出のブレスレット
ってことなんでしょうね。



診断結果を聞くまでは
「最近毎日楽しいなー」
程度の認識でした。



過去の話がでて改めて振り返り
自分をより深く理解できて
自分が愛おしくなりました。


 
自分が自分でいられることの
難しさと大切さを学んでいた時の
話なのだと思います。


 

 


【診断結果】


風の谷のナウシカより
「メーヴェとコルベットの戦い」

自由のきかない場所から抜け出して、
やるべき事にむけて飛び立つ時の曲です。
そんな時期に身に付けられていたので
しょうか。

 


生きたい場所ではない、
このままではいけない、
など強い変化を望むことだったり、
自分で何とかするための助け
責任感の強さも感じます。

 

息苦しさ頭痛のイメージも。

 


このブレスレットを
いつも身につけていた頃と比べて

今の状況は変わりましたか?
(きっと変わっていることと思います。)

●さんも頑張ったよね。

 


よごれとヒビ割れについて
指摘されていましたが
よく頑張って役目を終わりにしたのだと
思います。
もう無理しなくていいよって
伝えたいようです。
感謝をこめてあらってあげてください。
水で洗えばOKです。
黄色いハンカチ
(レモンイエローかうす目で明るい黄色)
に包んであげてください。


がんばった過去に光が差すような
イメージです。

 

 

 


NHK全国学校音楽コンクール(高校)
課題曲-昭和61年度
「さよならの季節に」

さようなら苦しみたち
さようなら歓びたち

もう二度と求めはしない青春の日々

 


少し暗い気持ちになってしまうかも
しれませんが、人生の中の
1つの季節との決別の歌です。

歓びも悲しみも
いくつもの出来事をかさねた
思い入れの深い何かと決別して
1人別の道をゆく必要が
あるのかもしれません。

 



ブレスレットが役目を終えた、
と書いた直後にこの曲に変わりました。

 

 

 

「遠い日のうた」
作詞 岩沢千早/ 作曲 橋本祥路

 

人はただ風の中を迷いながら歩き続ける

その胸にはるか空で呼びかける遠い日の歌

 

 

 

山下達郎「クリスマスイヴ」

 

まだ消え残る君への想い夜へと降り続く

 

 

 

などの曲もでてきました。

 

 


<総括>
がんばって越えて生きてきた自分を
ほめてあげてください。
昔以上にがんばる必要はありません。
自分が何とかしなくても
助けてくれる人がいることを
経験を通して知ったことを
思い出してください。
迷うときでもその経験が道を照らします。

 


自分で何とかしたかったけど
できなかった事への未練を忘れて

自分を助けてくれる人や
周りの大切な人と笑顔ですごせるように。
そこで得られた幸せが
自分も周りの人も幸せにします。

義務感にとらわれて頑張りすぎないで!

というメッセージもおりてきました。

あたらしい自分をたのしんで。

思い出をありがとう。

 

 

 


【診断料】
3000円、2つ目以降1000円。
(2016/09/28現在)