【自己肯定感とは、自分の「長所だけでなく短所も認められること」】
興味深いテーマ。
私は元々開き直りの早い(深く物事を考えない?)タイプなんでこの辺で余り悩まないけど、20才頃は単純に「自分大好き」「私最高」って毎日唱えている時期はあった(笑)
役者をやっていたから、長所も短所も演技(台本の解釈や表現)に出てくるので、長所短所は個性と捉えるようになったし、自分の武器を客観的に分析して使いこなしたい時期があったから、長所短所に対して感情を挟まなくなったのかも知れない。
自分に対しても他者に対しても『認める』って必要だとは思う。
相手の考えを受け止めるというか。
受け止めると言っても賛同とはまた別。
相手がこういう人だから、こういう考えだから、こう対処しよう、ってのはコミュニケーション能力として必要に思う。
濃い薄いあっても多くの人が自然にやっていることだと思う。
同じように自分自身に対しても良い悪いを判定せずに『私ってこういう人』『こういう傾向がある』って認識しておくものまた大事だと思う。
これもまたコミュニケーションとして、場面場面に於いて、相手に応じて、『何を出して何を引っ込めるか』って誰でも自然とやっているのではないかしら?
そこに感情を挟むからややこしくなる。
気を付けないと『悪い判定』センサーは敏感になりやすく『自分ダメ』と一部の特徴が全部になりやすい傾向ってある気がします。
何が悪いって一番は感情が入り込むことだと思うし、「コップがあるな」みたいに、ただ客観的に判定せずに自分を見ればいいのだと思う。
【褒める】については賛否両論聞く。
育児における良くない点として
*褒められない(見られていない)とやらない
*褒め(褒美)はエスカレートしていく
*自発的な内的欲求を抑制してしまう
要素があるから、『よくない』と定義されるのも分からなくはない。
でも、
『良くない』と聞いていてもやっぱりつい使っちゃうし、子供も素直に嬉しそうにしている場面が多い。
子供のモチベーションアップにつながるなら使う手はない。
ペアトレ(行動修正論)では【褒め】を目的にさせなければガンガン使いましょうって理論でした。
真逆(笑)
注意点は行動の目的の一番に【褒め】が来ないような使い方が必要と言う事でした。
【褒め】って相手目線の結果。
本人目線の目的をつぶさない【褒め】(後押し)は他者がいなくても継続されていくのでOKってこと。
一理あるな、と私は感じる。
子供の場合は、生活や日常の規律に関する行動で親の理想との不一致が多いから、【褒め】や褒美をうまく使って生活習慣を正し、理想の行動を習慣化させちゃえばそれ以上の【褒め】って必要なくなってくる。
そもそも【褒める】って批判されるべきもの?って疑問もある。
上司や先輩など目上の人の功績をたたえたり、一層尊敬したり、一緒に喜ぶことってよくあると思う。
【賞賛】と表現するとイメージが変わるけど、「賞賛」とは「ほめたたえること」。
素晴らしいと思うことを相手に伝える事は【褒め】も【賞賛】も同じ。
結果だけでなく過程も含めて。
ただ、相手が子供だと『上から目線』と言う状態に陥りやすい。
【褒める】も【賞賛】も言葉掛けとして同じワードが多い気がするけど、根底に『相手への敬意』があるか否かが大切で、敬意があればそれでいいのではないかと思う。
そもそも、【相手がどう思うか】を気にする事、気付く能力って必要な処世術なんじゃないかとも思う。
過剰に気にしすぎて他人の目線が恐怖になったり萎縮してしまうと弊害が多いけど、思いやりの基本は相手の感情を察知できることではないかしら?
同じ行動でも、ある人(状況)にとっては嬉しい事だけど、ある人(状況)によっては迷惑ってことたくさんあるから。
色々勉強会に参加してきた私の個人的見解では、
「~はダメ。よくない。」
ではなく、何事にもメリット・デメリットがあるのだから、特徴を一度吟味してバランスよく使えばいいだけなのだと思う。
ちなみに倫理(哲学)は高校の時にハマって2年以上勉強しました。
本も読んだけど、殆ど覚えていない。
ただ、自分の人生に於いて大切にしたいと思う言葉がいくつかある。
今回に関連する内容だと【中庸】。
情報はあくまでも情報。
自分が生きやすいように上手に使えばいい。