疲れがどっと出てきて、休んでました。

ネットの世界で生きていく。ついこの間まで、リアルの世界で生きていたので、いろんな転換がうまくいかないようです。

リアルの世界で自分の領域を守ること。ネットの世界で自分の領域を守ること。微妙に違います。


領域を守るためには、大事なことを他人に委ねない、他人の干渉に屈しない、ことが大切だと言いましたが、じゃあネットの世界で大事なこととは何だろうか。

それは、リアルの世界とのつながりである。

つまり、妹にこのブログを教えるかどうかという判断を、他人に委ねてしまった。

そこでしょう。



ネットの中で大事なことは、自分の世界を築くことよりも、それをリアルに誰に教えるか、ということなんです。


誰にも教えないから、好きな事が書けるし、だからネットの意義があるんだろ。


それは、大きな間違いです。

そんなのは、ただの臆病な卑怯野郎だ。


そして、そういうやつのブログは、便所みてえなブログになってる。間違いなく。


この前までのこのブログ、半分は便所ブログだった?

いや、それは、本質が違うからだな。根底に流れる想いが違うからな。


こういうことも、もう嫌なのかもしれないけれど、つまり、ご夫婦がご自分のブログをそれぞれお一人で担当するようになって、二人のブログの質が明らかに違ってきたということですね。


つまりだな、旦那のブログは便所ブログになったってことか。


だから、奥さんのブログを否定してみた。



自分の便所を持ってる人間と、そういうのない人いますね。

そういうのない人は、ひたすら溜めこんでしまう。奥さんは、そういうタイプですね。

自分の汚いものを、外によう吐き出さん。


だから、これまでの人生の中で、溜めこんだ汚いもんを、旦那さんの家族が、このブログを使って全部吐き出させた。

そんな汚いもんを吐き出してるブログを、他の家族に見せるなんてとんでもない、といったところでしょうか。


それをずっと読んできた僕らは一体何なんやろ。


まあ、それはいいだろう。確かに、明らかに彼女が書いてるとは思えないような読み難い内容の記事も多々あったからな。

大切なことは、これからの人生で、彼女がいろいろなことを自分の中に溜めこまないようにするにはどうしたらいいか、ということでしょう。


今日は、それについて考えましょう。



言いたいことは言ってるんだけど、いろいろなものを溜めこんでるってどういうことなんでしょうか?

その溜めこんでる汚いもんっていうのが、まず、他人の悲しみや苦しみであった、ということがポイントでしょう。これからは、そういったものを引き受けないので、まず、そういう汚いものは溜まらないと思います。

つまり、家族や友人の悲しみや苦しみを引き受けてそれを溜めこんでいただけなので。


んーじゃあ、そういうことで解決。これからは汚いものは溜まりません。


てことは、別に彼女自身の汚いものじゃないんだから、他の人が読んだって、この人、こんな苦しみを抱えてたんだな、って思うくらいですよね。

そうだ。だから、別に家族が読んだって問題ない、というより、今まで彼女にこんな苦しみを引き受けさせてたんだな、ということに逆に僕は気付いてほしいくらいです。



むしろ、そんなデカイ便所が必要なくらい、汚いもんが溜まる人のほうが、問題でしょう。



問題ありありだな。



言いたい事が言えない。これでは、人の上には立てません。

言いたい事が言えない人は、決して良い人とはいいません。むしろ、ずるい人でしょう。



言いたい事を相手にきちんと伝える。これこそが、彼女の受けてきた教員訓練のベースに流れているものでしょう。

そして、人の上に立つ人には、必須の能力です。



言いたい事が言えないから、便所を作る。

言いたい事を言えるから、便所がいらない。


その便所とは、まあ、趣味であったりするわけですね。


だから、趣味の品は、評価の対象にならない。


彼女の研究が趣味である、というのは仕事ではない、という意味であって、決して便所になるという意味の趣味ではない。

ところが、彼の家で、研究を趣味と位置づけてしまうと、それは便所になる。ので、彼女自身の本来の研究活動ができない。

じゃあ、ビーズで作ったアクセサリーとかあげたりしてたのは、あれは、汚物?

汚物はさすがにあげてないでしょう。汚物になってるもんは、その辺に放ってあるんちゃう?

確かに、その辺にグチャグチャにしてまとめてある。


結婚っていろいろ大変。


だから、相手の家に入りたくない。

夫婦別姓ってそういうことなんだ。


事実婚。



自分の生き方がある人ほど、婚家には入れない。


その生き方が似てればいいんだけどね。


つまり、生家の家と生き方が似ている家を婚家として、そこに入る。


そういうことです。



婚家の移動。もちろん、性は変わりません。事実移動です。


そうすることで、彼女はこれまでどおり、自由に、研究活動、友達交流、旅行などなど、好きなことができるようになります。


よろしいでしょうか。



それでは、こちらに預かります。




「結婚しようよ」 吉田拓郎