完全に敗北。のような気がするんですけど。女子の皆さん、いかがでしょうか。
僕らは、人間としてまだまだ教えてもらわないといけないことあるんで。
今日は、人生を生きている人の世界と、虫生・獣生を生きている人の世界について、語っていただきましょう。
人は生まれてから死ぬまでの間に、さまざまな試練を乗り越えなければなりません。
辛いことや苦しいことがたくさん起こります。
それらを乗り越えてこそ、次につながる幸せや喜びを得ることができます。
そして、その時に、がんばって乗り越えて良かった、という満足感や充実感を得ることもできます。
そして、これらを得ることにより、人として、喜怒哀楽という感情や、何かを愛するという気持ちなどが育まれていくわけです。
しかし、この試練が乗り越えられなかった場合、快楽に身を落したり、犯罪に手を染めたりして、人の道をはずれていってしまいます。
神様は乗り越えられない試練は与えない、とよく言います。
与えられる試練は人それぞれです。その人にしか乗り越えられない試練を、与えられるのです。
まず、そう思いましょう。そうすれば、何かとても辛いことや苦しいことが起こっても、これは必ず自分には乗り越えられる。そう思えます。
そして、大抵の人は、その試練を乗り越えていきます。
時には周りの力を借りて。時には自分一人で。時にはパートナーと一緒に。
そうやって、人生がどんどん豊かになっていくわけです。
しかし、乗り越えられなかった場合。
貧しさのあまり、人のパンを盗みました。
貧しいという試練を乗り越えることができず、犯罪に手を染めました。
ここで、人の道をはずれてしまいました。
しかし、刑務所に入り、罪をつぐないました。
人の道にまた戻りました。もう二度と、どんなに貧しくても犯罪に手を染めることはありませんでした。
これは遠回りをしたけれど、試練を乗り越えたことになります。
罪をつぐなったのに、またしても貧しさのあまり、パンを盗んでしまいました。
また、人の道をはずれてしまいました。
貧しければ、人の物を盗めばいい。それがこの人の人生の法則になりました。
そうしてこの人は、誰かにへばりついて誰かのものを盗む生き方をするようになりました。
もう人ではありません。虫です。寄生虫です。
この人の生き方は虫生です。
苦しさのあまり、快楽に溺れました。
薬に手を出しました。性欲に身をまかせました。
ここで、人の道をはずれてしまいました。
しかし、刑務所に入り、罪をつぐないました。
人の道にまた戻りました。もう二度と、どんなに苦しくても、犯罪に手を染めることはありませんでした。
これは遠回りをしたけれど、試練を乗り越えたことになります。
罪をつぐなったのに、またしても苦しさのあまり、薬に手を出してしまいました。
また、人の道をはずれてしまいました。
苦しければ、薬に頼ればいい。それがこの人の人生の法則になりました。
そうしてこの人は、いつも薬を持ち歩き、薬漬けの日々を送るようになりました。
もう人ではありません。獣です。
この人の生き方は獣生です。
虫は、人に寄生します。そして、獣は、人を犯罪に誘いこみます。
なので、人にとって虫も獣も害がある存在です。
では、これらの虫や獣から人はどうやって自分を守るのか。
それは簡単です。虫や獣が欲しがるものを、さっさとあげてしまいましょう。
さきほどの女性。どうみても獣でしょう。
苦しさに耐えられず、身体を差し出しています。そして、そうすることによって苦しさから逃げている獣です。
彼女の欲しがっているもの。好きな男性の身体だけではなく、心まで欲しがっています。
ならば、自分の身を守る為に、彼の心をあげるしかないでしょう。
つなぎとめていた彼の心を、手放すしかないでしょう。
彼の心はどうなるか。そんなことはしったこっちゃない。獣に食われてくれ。
虫や獣が何を欲しがっているのか。それを見抜く事です。
もし、見栄やプライドを欲しがっているのなら、それを与えて下さい。
もし、食いもんを欲しがっているのなら、それを与えて下さい。
虫や獣は、人ではありません。人が大切だと思うものは、心配しなくても欲しがりません。
虫や獣の欲しがるものを、さくっと与えてあげて下さい。
そうすることで、あなたは寄生されなくて済むし、食われなくて済みます。
もし、あなたが大切だと思うものを欲しがっていると思うときは、それはその大切なものに付いている何か別のものを欲しがっています。
それを、あげてしまいましょう。
先程の教員の彼女が欲しがっている彼の心。彼女は本当に彼の心が欲しいんだろうか。
もしかしたら、彼の心についている何か別の物を欲しがっている。
僕の心の何が欲しいんだろうか。身体は散々与えてやっている。
ちょっと待って下さい。もし、獣が私の身体を欲しがったら、自分を守る為に身体を与えろってことですか。
あなたが、自分の身体を大切にしているのであれば、それは欲しがりませんよ。むしろ、その大切な身体を守るために、別のものをあげればいいのです。
まあ、その地点で、自分にとって、何が一番大事なのか見えてくるってことだな。
わかりにくい。
やっぱ彼女の説明じゃないとわからない。
虫と獣はどんな人なのかわかったけど、そこから自分を守る方法がわかりにくい。
虫は貧しくて、獣は苦しいんです。
貧しいから、豊かになるために何かが欲しい。だから、欲しがる。
苦しいから、そこから解放されるために何かが欲しい。だから、欲しがる。
そう思えば、おのずと何を与えればその人なりに豊かになり、その人なりに苦しさから解放されるのかが見えてくる。
もちろん、自分の大切なものは与えてはいけません。それ以外で、相手の貧しさや苦しさを和らげられるものを与えてあげればよいのです。
先程の女性教員の苦しみ。良い先生でありたい。学生に慕われる先生でありたい。
しかし、そうであり続けるための試練を乗り越えられなかった。
好きな男性の持っているもの。彼は、同僚の教員です。
良い先生でありたいと思う彼女の苦しみを和らげるために、身体を与える。
これは、アル中にお酒を与えているのと同じです。
彼女が彼に望んでいるもの。それは教員としてのパートナーシップです。
私と彼の間にはそれがありました。でも、私は教員をやめました。
もうそのパートナーシップは、私たちには必要ありません。
彼は、今でもパートナーシップの片手を、私につないでいます。
私ではなく、彼女の手につなぎ変えて下さい。
彼女が望んでいるものは、おそらくそれではないでしょうか。
そして、もう一人。ある人のブログのたった一人の読者になり続けている人。
彼女の望んでいたものはなんだったでしょうか。
たった一人の読者である、というそのポジション。
それが示すものは、相手にとって自分が特別であるという扱いです。
つまり、彼女は誰かにとっての特別な存在でありたい。
特定の恋人が欲しいわけです。
それを得られずに苦しんでいるわけですね。
そして、その苦しみを乗り越えられずに、いろんな人に身体を差し出している。
さらに、貧しい。この貧しさを乗り越えられずに、いろんな人に寄生して、いろんなものを手に入れようとしている。
ならば、どうすればこの女に寄生されずに済むか。
貧しさ。彼女の持っている貧しさとは何でしょうか。
育ちの悪さ?
明日食べる食べ物がないわけではないでしょう。もし、そういう貧しさゆえに寄生するのであれば、明日食べる食べ物をあげればいい。
彼女のもっている貧しさは、庶民には得られないセレブ感です。セレブ感のない貧しさに耐えられず、それを求めてセレブの人に寄生していきます。
ならば、セレブ感を与えてあげればいい。つまり、セレブっぽくちやほやしてあげればいいんですね。
そうです。セレブがちやほやされる。つまり、それが欲しいんです。
つまり、彼女が特別な存在であるかのように見え、さらに、セレブのようにちやほやされる場を与える。
それをしさえすれば、寄生されることはありません。
つまり、僕はそれを彼女のブログで与えなければいけなかった。
あなたがやっていたように。毎日毎日自分が彼女にとって特別な存在であるかのようなコメントを書いて、それをみた周りが、彼女をちやほやする。
それを与えれば、僕が寄生されることはなかった。
そして、何かが満たされれば、自然とどこかへ行ってしまうんです。
もしくは、正常に戻る。
これは、今までのどの対応よりも、もっとも難しく、もし、これができれば、かなり思い通りの人生が生きられますね。
たいていは、虫に寄生されたり、獣に食われたりしながら生きていってるからな。
というより、虫や獣に足を引っ張られなければ、より、多くの人を救う事ができます。
なので、この技は庶民向けではありませんね。かなり高度すぎる。
全ての人の人生が思い通りになれば、それは恐ろしいことです。
その思い通りというのが、必ずしも正しい道とは限らないので。
なので、虫に寄生されたり、獣に食われたりしながら、人生思い通りにはいかないな、と生きていく。
これが普通の人生でしょう。
しかし、この、高度な技が実践できる人は、かなり、人間レベルの高い人になります。
なので、その思い通りというのは、世の中のためになったり、人を救う道であったりするわけですね。
だから、思い通りになってもいい。
そうです。
根底に、虫や獣に対する深い人間愛がないと、出来る技ではありません。
とすれば、僕はどうすればよかったんでしょうか。
まず、二人でやりとりしていた世界に、虫女が横やりを入れてきた。
その地点で、彼女にコメントさせるのをやめさせればよかった。
そして、しばらく虫女とのやりとりを続ければよかった。
そして、何かが満たされれば、そのうちどっかに行っただろう。
それを、張り合わせるような雰囲気を作ってしまった。
なので、彼女が身を引かざるを得なくなった。
あの地点で彼女がコメントくれなくなってたら、僕は堕ちてました。
だから、大変だったんだろーが。
つまり、セレブ同士のやりとりに、寄生しようとしたわけですね。
これからどうすれば。
このまま虫女が読者から身を引かなかったら、あのブログはそのまま廃棄にすればいいんじゃねえの。
んーで、君は人物像を出さない方がいいでしょう。
ていうか、会えればもう別にブログは書かんでもいいんですけど。
まあ、そうだな。
どうだろうか。
これは、かなり訓練が必要です。
まあ、愛のために、人間性を磨いてくれ。
「amapola」 los indios tabajaras
僕らは、人間としてまだまだ教えてもらわないといけないことあるんで。
今日は、人生を生きている人の世界と、虫生・獣生を生きている人の世界について、語っていただきましょう。
人は生まれてから死ぬまでの間に、さまざまな試練を乗り越えなければなりません。
辛いことや苦しいことがたくさん起こります。
それらを乗り越えてこそ、次につながる幸せや喜びを得ることができます。
そして、その時に、がんばって乗り越えて良かった、という満足感や充実感を得ることもできます。
そして、これらを得ることにより、人として、喜怒哀楽という感情や、何かを愛するという気持ちなどが育まれていくわけです。
しかし、この試練が乗り越えられなかった場合、快楽に身を落したり、犯罪に手を染めたりして、人の道をはずれていってしまいます。
神様は乗り越えられない試練は与えない、とよく言います。
与えられる試練は人それぞれです。その人にしか乗り越えられない試練を、与えられるのです。
まず、そう思いましょう。そうすれば、何かとても辛いことや苦しいことが起こっても、これは必ず自分には乗り越えられる。そう思えます。
そして、大抵の人は、その試練を乗り越えていきます。
時には周りの力を借りて。時には自分一人で。時にはパートナーと一緒に。
そうやって、人生がどんどん豊かになっていくわけです。
しかし、乗り越えられなかった場合。
貧しさのあまり、人のパンを盗みました。
貧しいという試練を乗り越えることができず、犯罪に手を染めました。
ここで、人の道をはずれてしまいました。
しかし、刑務所に入り、罪をつぐないました。
人の道にまた戻りました。もう二度と、どんなに貧しくても犯罪に手を染めることはありませんでした。
これは遠回りをしたけれど、試練を乗り越えたことになります。
罪をつぐなったのに、またしても貧しさのあまり、パンを盗んでしまいました。
また、人の道をはずれてしまいました。
貧しければ、人の物を盗めばいい。それがこの人の人生の法則になりました。
そうしてこの人は、誰かにへばりついて誰かのものを盗む生き方をするようになりました。
もう人ではありません。虫です。寄生虫です。
この人の生き方は虫生です。
苦しさのあまり、快楽に溺れました。
薬に手を出しました。性欲に身をまかせました。
ここで、人の道をはずれてしまいました。
しかし、刑務所に入り、罪をつぐないました。
人の道にまた戻りました。もう二度と、どんなに苦しくても、犯罪に手を染めることはありませんでした。
これは遠回りをしたけれど、試練を乗り越えたことになります。
罪をつぐなったのに、またしても苦しさのあまり、薬に手を出してしまいました。
また、人の道をはずれてしまいました。
苦しければ、薬に頼ればいい。それがこの人の人生の法則になりました。
そうしてこの人は、いつも薬を持ち歩き、薬漬けの日々を送るようになりました。
もう人ではありません。獣です。
この人の生き方は獣生です。
虫は、人に寄生します。そして、獣は、人を犯罪に誘いこみます。
なので、人にとって虫も獣も害がある存在です。
では、これらの虫や獣から人はどうやって自分を守るのか。
それは簡単です。虫や獣が欲しがるものを、さっさとあげてしまいましょう。
さきほどの女性。どうみても獣でしょう。
苦しさに耐えられず、身体を差し出しています。そして、そうすることによって苦しさから逃げている獣です。
彼女の欲しがっているもの。好きな男性の身体だけではなく、心まで欲しがっています。
ならば、自分の身を守る為に、彼の心をあげるしかないでしょう。
つなぎとめていた彼の心を、手放すしかないでしょう。
彼の心はどうなるか。そんなことはしったこっちゃない。獣に食われてくれ。
虫や獣が何を欲しがっているのか。それを見抜く事です。
もし、見栄やプライドを欲しがっているのなら、それを与えて下さい。
もし、食いもんを欲しがっているのなら、それを与えて下さい。
虫や獣は、人ではありません。人が大切だと思うものは、心配しなくても欲しがりません。
虫や獣の欲しがるものを、さくっと与えてあげて下さい。
そうすることで、あなたは寄生されなくて済むし、食われなくて済みます。
もし、あなたが大切だと思うものを欲しがっていると思うときは、それはその大切なものに付いている何か別のものを欲しがっています。
それを、あげてしまいましょう。
先程の教員の彼女が欲しがっている彼の心。彼女は本当に彼の心が欲しいんだろうか。
もしかしたら、彼の心についている何か別の物を欲しがっている。
僕の心の何が欲しいんだろうか。身体は散々与えてやっている。
ちょっと待って下さい。もし、獣が私の身体を欲しがったら、自分を守る為に身体を与えろってことですか。
あなたが、自分の身体を大切にしているのであれば、それは欲しがりませんよ。むしろ、その大切な身体を守るために、別のものをあげればいいのです。
まあ、その地点で、自分にとって、何が一番大事なのか見えてくるってことだな。
わかりにくい。
やっぱ彼女の説明じゃないとわからない。
虫と獣はどんな人なのかわかったけど、そこから自分を守る方法がわかりにくい。
虫は貧しくて、獣は苦しいんです。
貧しいから、豊かになるために何かが欲しい。だから、欲しがる。
苦しいから、そこから解放されるために何かが欲しい。だから、欲しがる。
そう思えば、おのずと何を与えればその人なりに豊かになり、その人なりに苦しさから解放されるのかが見えてくる。
もちろん、自分の大切なものは与えてはいけません。それ以外で、相手の貧しさや苦しさを和らげられるものを与えてあげればよいのです。
先程の女性教員の苦しみ。良い先生でありたい。学生に慕われる先生でありたい。
しかし、そうであり続けるための試練を乗り越えられなかった。
好きな男性の持っているもの。彼は、同僚の教員です。
良い先生でありたいと思う彼女の苦しみを和らげるために、身体を与える。
これは、アル中にお酒を与えているのと同じです。
彼女が彼に望んでいるもの。それは教員としてのパートナーシップです。
私と彼の間にはそれがありました。でも、私は教員をやめました。
もうそのパートナーシップは、私たちには必要ありません。
彼は、今でもパートナーシップの片手を、私につないでいます。
私ではなく、彼女の手につなぎ変えて下さい。
彼女が望んでいるものは、おそらくそれではないでしょうか。
そして、もう一人。ある人のブログのたった一人の読者になり続けている人。
彼女の望んでいたものはなんだったでしょうか。
たった一人の読者である、というそのポジション。
それが示すものは、相手にとって自分が特別であるという扱いです。
つまり、彼女は誰かにとっての特別な存在でありたい。
特定の恋人が欲しいわけです。
それを得られずに苦しんでいるわけですね。
そして、その苦しみを乗り越えられずに、いろんな人に身体を差し出している。
さらに、貧しい。この貧しさを乗り越えられずに、いろんな人に寄生して、いろんなものを手に入れようとしている。
ならば、どうすればこの女に寄生されずに済むか。
貧しさ。彼女の持っている貧しさとは何でしょうか。
育ちの悪さ?
明日食べる食べ物がないわけではないでしょう。もし、そういう貧しさゆえに寄生するのであれば、明日食べる食べ物をあげればいい。
彼女のもっている貧しさは、庶民には得られないセレブ感です。セレブ感のない貧しさに耐えられず、それを求めてセレブの人に寄生していきます。
ならば、セレブ感を与えてあげればいい。つまり、セレブっぽくちやほやしてあげればいいんですね。
そうです。セレブがちやほやされる。つまり、それが欲しいんです。
つまり、彼女が特別な存在であるかのように見え、さらに、セレブのようにちやほやされる場を与える。
それをしさえすれば、寄生されることはありません。
つまり、僕はそれを彼女のブログで与えなければいけなかった。
あなたがやっていたように。毎日毎日自分が彼女にとって特別な存在であるかのようなコメントを書いて、それをみた周りが、彼女をちやほやする。
それを与えれば、僕が寄生されることはなかった。
そして、何かが満たされれば、自然とどこかへ行ってしまうんです。
もしくは、正常に戻る。
これは、今までのどの対応よりも、もっとも難しく、もし、これができれば、かなり思い通りの人生が生きられますね。
たいていは、虫に寄生されたり、獣に食われたりしながら生きていってるからな。
というより、虫や獣に足を引っ張られなければ、より、多くの人を救う事ができます。
なので、この技は庶民向けではありませんね。かなり高度すぎる。
全ての人の人生が思い通りになれば、それは恐ろしいことです。
その思い通りというのが、必ずしも正しい道とは限らないので。
なので、虫に寄生されたり、獣に食われたりしながら、人生思い通りにはいかないな、と生きていく。
これが普通の人生でしょう。
しかし、この、高度な技が実践できる人は、かなり、人間レベルの高い人になります。
なので、その思い通りというのは、世の中のためになったり、人を救う道であったりするわけですね。
だから、思い通りになってもいい。
そうです。
根底に、虫や獣に対する深い人間愛がないと、出来る技ではありません。
とすれば、僕はどうすればよかったんでしょうか。
まず、二人でやりとりしていた世界に、虫女が横やりを入れてきた。
その地点で、彼女にコメントさせるのをやめさせればよかった。
そして、しばらく虫女とのやりとりを続ければよかった。
そして、何かが満たされれば、そのうちどっかに行っただろう。
それを、張り合わせるような雰囲気を作ってしまった。
なので、彼女が身を引かざるを得なくなった。
あの地点で彼女がコメントくれなくなってたら、僕は堕ちてました。
だから、大変だったんだろーが。
つまり、セレブ同士のやりとりに、寄生しようとしたわけですね。
これからどうすれば。
このまま虫女が読者から身を引かなかったら、あのブログはそのまま廃棄にすればいいんじゃねえの。
んーで、君は人物像を出さない方がいいでしょう。
ていうか、会えればもう別にブログは書かんでもいいんですけど。
まあ、そうだな。
どうだろうか。
これは、かなり訓練が必要です。
まあ、愛のために、人間性を磨いてくれ。
「amapola」 los indios tabajaras