僕が16歳のとき、病弱だった母が死んだ。
僕は一人ぼっちになった。父親は仕事が忙しく、僕の相手なんかしてくれなかった。
ただやりたいことをやれ、それだけだった。
僕は世界でたった一人になって、途方に暮れた。
母が死んだというのに、周りは流れ作業のように事を運び、お悔やみを申し上げますといいながら、となりの部屋で酒を飲み、笑い合っていた。
母が死んで、僕は泥沼に堕ちた。人が死んだというのに、全てが綺麗事に終わる世界が許せなかった。
そして、たった一人の母が死んで、泥沼に堕ちる僕を、誰も気にかけず、誰も救おうとしなかった。
当時付き合っていた女の子は、僕に身体を与えてくれた。
僕は母のいなくなった寂しさを必死に埋めようと、その子の身体を貪った。
救われるはずもない。
母は病気がちだったが、いつも僕のことを見てくれていて、いつも僕を厳しく叱ってくれた。
僕は、そんな母が大好きだった。
なのに、母はもうこの世にはいない。
これから、誰が僕を見てくれて、誰が僕を叱ってくれるんだろうか。
僕は旅に出た。誰かに救ってほしかったからだ。
できるだけ、泥沼の世界を歩いた。そこで、泥沼に生きる人々を救っている人に、自分を救ってほしかった。
多くの聖人を訪ねた。噂を聞いては、その人のもとへ行き、その人の話を聞き、最後に、僕は母親を亡くして悲しんでいる。僕を救ってくれないか、と頼んだ。
多くの聖人は、人を救いなさいといった。そうすることで、あなたの悲しみも救われると。
結局僕は救われないまま、妃に呼ばれるというお告げだけを胸にして、帰国した。
父親は僕に多くの成果を求めた。やりたいことをやれるだけの資金も出してくれたし、仕事に関しては労を惜しまず支援してくれた。
そのかわり、僕に多くの成果と結果を求めた。
僕は、母がいなくなった悲しみから救われないまま、仕事に没頭した。そうすることで、悲しみが紛れた。
しかし、僕は事あるごとに、泥沼を練り歩いた。泥沼で僕と同じように悲しみに暮れている人間に会っては、話を聞き、僕の悲しみを語った。
多くの人間は僕の悲しみを黙って聞いた。そして、男は酒をおごり、女は身体を差し出した。
僕の悲しみは一向に救われなかった。
そのうち、僕は、この悲しみから救われるために、どんな社会になればいいのだろうと考え始めた。
僕の理想の世界は、僕のこの悲しみが救われる世界だ。
でも、僕は気がついた。僕の悲しみを救うのは社会ではない。
たった一人の女性であると。
僕は聖人の予言どおり、妃に会った。
もちろん、このブログを書いている彼女のことである。
書いている内容は、主婦の視点から、日常のくだらない事をつらつらと綴っていただけだが、そこに、深い人間性と、ただならぬ学術性を感じた。
ただし、女性は全く感じなかった。むしろ、女性のブログでありながら、これだけ日常生活を綴っていて、まったく女性の生活を感じさせないことに違和感を感じた。
プロの仕事だった。
当時、彼女の書いているブログは、プロの仕事であった。
僕は、この女性の素の姿を見てみたいと思った。
どういう経緯で、僕のブログの読者になってくれたのか覚えてないが、そっけないコメントが返ってきたことに、僕は執着を見せたと思う。
彼女はいつもそうである。
僕が何か記事を書くと、大抵そっけないコメントをしてくる。
そこで、僕がそのコメントの返信で、何かを望むと、望み通りのコメントが返ってくる。
そんなやりとりが続いていた。どこまでも、プロだった。
ある時僕は、結婚指輪についての記事を書いた。
どんな素材の指輪をはめていて、どんなことを結婚指輪に求めるのかが知りたかった。
彼女は自分のはめている結婚指輪について教えてくれた。
プラチナの指輪で、傷がつきにくく、いつもつけてて違和感がなく、長持ちするもの、というような感じだったと思う。
彼女としては、ごく一般的な答えを用意したつもりだったかもしれないが、僕はそこに、彼女自身の結婚生活を見た気がした。
この女性は、パートナーと傷つけ合うことなく、できるだけ付き合いを長続きさせるように努力をする人なんだろうと思った。
僕は彼女を傷つけたくなった。傷つけて、何か別のものを引き出したくなった。
そして、そのコメントに、そういう返信をした。
しかし、その返信にたいするコメントは返ってこなかった。
僕の彼女に対する想いはそうである。
誰も触れられない部分に触れ、彼女を傷つけ、そして、その傷口から出た血によって、僕は救われようとしている。
彼女はおそらく、それであなたが救われるのであれば、傷つけられ血を流すことも厭わないでしょう。
しかし、その代わりに、あなたは束縛に耐えなければなりません。
いつも彼女のそばにいること。
都合の良いときにだけやってきて、ただ傷つけてその血で癒され、またどこかへ行ってしまう。
さすがにそれは許されんでしょう。
なんで好きな人を傷つけて、そこから出る血でお母さんが亡くなった悲しみが救われるんですか?
母親の愛とかそういうので救われるとかいうのならわかるけど、サドなんですか?
はっきりいって、この奥様の旦那さんとこの方は、サド的嗜好がおありです。
いいんですか?それで。
彼女しかダメならしかたがないだろう。
もちろん、深い人間愛で受け止めておられます。
それで、この二人の写真はダークなんですね。
しかも、はみ出してる。
だから、下手に近づいたり触ろうとすると、危険なんだよ。
彼の場合、人としての精神年齢は50歳くらいですが、男としての年齢がいささか低い。それこそお母様がなくなった16歳くらいでストップしてますね。
実際は?
29です。
この二人はどんな関係を続けていくんですか?
なんか、最近、いろんなものが乱入してきて、大混乱してます。
雨降って地固まる、と思って下さい。
この方の悲しみが完全に癒されたとして、お二人は非常に前向きな思考をお持ちなので、何か新しいものの開発とか、そういうことをご一緒にされていくでしょう。
それこそ、ものづくり、ですかね。
そうでしょう。
いっぱい傷がついても、朽ちる事なく、永遠に輝き続ける指輪の開発でもして下さい。
傷つけられて、ほんとにいいのか。
旦那もたいてい耐えがたいことを耐えさせてるからな。
俺には、とてもできねえ。
人間的な成熟さのなせる技でしょう。
80歳ですからね。
「Dancing Queen」 ABBA
僕は一人ぼっちになった。父親は仕事が忙しく、僕の相手なんかしてくれなかった。
ただやりたいことをやれ、それだけだった。
僕は世界でたった一人になって、途方に暮れた。
母が死んだというのに、周りは流れ作業のように事を運び、お悔やみを申し上げますといいながら、となりの部屋で酒を飲み、笑い合っていた。
母が死んで、僕は泥沼に堕ちた。人が死んだというのに、全てが綺麗事に終わる世界が許せなかった。
そして、たった一人の母が死んで、泥沼に堕ちる僕を、誰も気にかけず、誰も救おうとしなかった。
当時付き合っていた女の子は、僕に身体を与えてくれた。
僕は母のいなくなった寂しさを必死に埋めようと、その子の身体を貪った。
救われるはずもない。
母は病気がちだったが、いつも僕のことを見てくれていて、いつも僕を厳しく叱ってくれた。
僕は、そんな母が大好きだった。
なのに、母はもうこの世にはいない。
これから、誰が僕を見てくれて、誰が僕を叱ってくれるんだろうか。
僕は旅に出た。誰かに救ってほしかったからだ。
できるだけ、泥沼の世界を歩いた。そこで、泥沼に生きる人々を救っている人に、自分を救ってほしかった。
多くの聖人を訪ねた。噂を聞いては、その人のもとへ行き、その人の話を聞き、最後に、僕は母親を亡くして悲しんでいる。僕を救ってくれないか、と頼んだ。
多くの聖人は、人を救いなさいといった。そうすることで、あなたの悲しみも救われると。
結局僕は救われないまま、妃に呼ばれるというお告げだけを胸にして、帰国した。
父親は僕に多くの成果を求めた。やりたいことをやれるだけの資金も出してくれたし、仕事に関しては労を惜しまず支援してくれた。
そのかわり、僕に多くの成果と結果を求めた。
僕は、母がいなくなった悲しみから救われないまま、仕事に没頭した。そうすることで、悲しみが紛れた。
しかし、僕は事あるごとに、泥沼を練り歩いた。泥沼で僕と同じように悲しみに暮れている人間に会っては、話を聞き、僕の悲しみを語った。
多くの人間は僕の悲しみを黙って聞いた。そして、男は酒をおごり、女は身体を差し出した。
僕の悲しみは一向に救われなかった。
そのうち、僕は、この悲しみから救われるために、どんな社会になればいいのだろうと考え始めた。
僕の理想の世界は、僕のこの悲しみが救われる世界だ。
でも、僕は気がついた。僕の悲しみを救うのは社会ではない。
たった一人の女性であると。
僕は聖人の予言どおり、妃に会った。
もちろん、このブログを書いている彼女のことである。
書いている内容は、主婦の視点から、日常のくだらない事をつらつらと綴っていただけだが、そこに、深い人間性と、ただならぬ学術性を感じた。
ただし、女性は全く感じなかった。むしろ、女性のブログでありながら、これだけ日常生活を綴っていて、まったく女性の生活を感じさせないことに違和感を感じた。
プロの仕事だった。
当時、彼女の書いているブログは、プロの仕事であった。
僕は、この女性の素の姿を見てみたいと思った。
どういう経緯で、僕のブログの読者になってくれたのか覚えてないが、そっけないコメントが返ってきたことに、僕は執着を見せたと思う。
彼女はいつもそうである。
僕が何か記事を書くと、大抵そっけないコメントをしてくる。
そこで、僕がそのコメントの返信で、何かを望むと、望み通りのコメントが返ってくる。
そんなやりとりが続いていた。どこまでも、プロだった。
ある時僕は、結婚指輪についての記事を書いた。
どんな素材の指輪をはめていて、どんなことを結婚指輪に求めるのかが知りたかった。
彼女は自分のはめている結婚指輪について教えてくれた。
プラチナの指輪で、傷がつきにくく、いつもつけてて違和感がなく、長持ちするもの、というような感じだったと思う。
彼女としては、ごく一般的な答えを用意したつもりだったかもしれないが、僕はそこに、彼女自身の結婚生活を見た気がした。
この女性は、パートナーと傷つけ合うことなく、できるだけ付き合いを長続きさせるように努力をする人なんだろうと思った。
僕は彼女を傷つけたくなった。傷つけて、何か別のものを引き出したくなった。
そして、そのコメントに、そういう返信をした。
しかし、その返信にたいするコメントは返ってこなかった。
僕の彼女に対する想いはそうである。
誰も触れられない部分に触れ、彼女を傷つけ、そして、その傷口から出た血によって、僕は救われようとしている。
彼女はおそらく、それであなたが救われるのであれば、傷つけられ血を流すことも厭わないでしょう。
しかし、その代わりに、あなたは束縛に耐えなければなりません。
いつも彼女のそばにいること。
都合の良いときにだけやってきて、ただ傷つけてその血で癒され、またどこかへ行ってしまう。
さすがにそれは許されんでしょう。
なんで好きな人を傷つけて、そこから出る血でお母さんが亡くなった悲しみが救われるんですか?
母親の愛とかそういうので救われるとかいうのならわかるけど、サドなんですか?
はっきりいって、この奥様の旦那さんとこの方は、サド的嗜好がおありです。
いいんですか?それで。
彼女しかダメならしかたがないだろう。
もちろん、深い人間愛で受け止めておられます。
それで、この二人の写真はダークなんですね。
しかも、はみ出してる。
だから、下手に近づいたり触ろうとすると、危険なんだよ。
彼の場合、人としての精神年齢は50歳くらいですが、男としての年齢がいささか低い。それこそお母様がなくなった16歳くらいでストップしてますね。
実際は?
29です。
この二人はどんな関係を続けていくんですか?
なんか、最近、いろんなものが乱入してきて、大混乱してます。
雨降って地固まる、と思って下さい。
この方の悲しみが完全に癒されたとして、お二人は非常に前向きな思考をお持ちなので、何か新しいものの開発とか、そういうことをご一緒にされていくでしょう。
それこそ、ものづくり、ですかね。
そうでしょう。
いっぱい傷がついても、朽ちる事なく、永遠に輝き続ける指輪の開発でもして下さい。
傷つけられて、ほんとにいいのか。
旦那もたいてい耐えがたいことを耐えさせてるからな。
俺には、とてもできねえ。
人間的な成熟さのなせる技でしょう。
80歳ですからね。
「Dancing Queen」 ABBA