私は3年間、女子短大で女子教育に携わりましたが、最終的に大学をやめるきっかけとなった出来事がありました。
初年度、私が担当したゼミ生には、物事を成し遂げる達成感や、自己を社会に向けて表現していく方法などを教えることが出来ました。
その結果、全員がしかるべき所へ就職が決まりました。
私は、こういった指導は好きでした。
2年目、私が担当したゼミ生は人数が多く、半分は1年目のような指導でなんとか無事に卒業でき、自分なりに満足のいく結果になりました。しかし、半分の学生には、指導の仕方がまったくわかりませんでした。
何をやらせても何もできない。
自分が何をしたいのかも、これからどうするのかも何もわからない。
そういった学生が半分いました。
私は、これらの学生に対して何をしてあげることもできず、何もできないまま彼女達は卒業していきました。
そして、3年目。私はかなり問題のあるゼミ生を担当させられました。
もはや、私がこれまで培ってきた社会的信用とか実績などは何の役にも立たない感じでした。
親から不本意な生き方を強要され、しかもそれは決して正しいとは言えない道でした。
私は、必死で正しい道に導こうとしました。そして、学生もがんばってくれました。しかし、いくら私が正しい道に導いて送りだしたとしても、その後の彼女達の人生について私は全く責任がとれません。
正しい道を歩んでいく事が、どれだけ大変なことか。
彼女達は、指導を受ける中でそれを悟ってしまい、私の指導を受けなくなりました。
それどころか、私のゼミ生であるということから、いらぬ嫉妬を受け、外部から攻撃を受けるようになりました。
最終的には、性的暴行を受けました。
私だけが無傷で、私が本来守るべき学生が、傷つけられました。
私は、瞬時に退職を決意しました。
もう、私には学生を指導することはできませんでした。
以上です。
初年度、私が担当したゼミ生には、物事を成し遂げる達成感や、自己を社会に向けて表現していく方法などを教えることが出来ました。
その結果、全員がしかるべき所へ就職が決まりました。
私は、こういった指導は好きでした。
2年目、私が担当したゼミ生は人数が多く、半分は1年目のような指導でなんとか無事に卒業でき、自分なりに満足のいく結果になりました。しかし、半分の学生には、指導の仕方がまったくわかりませんでした。
何をやらせても何もできない。
自分が何をしたいのかも、これからどうするのかも何もわからない。
そういった学生が半分いました。
私は、これらの学生に対して何をしてあげることもできず、何もできないまま彼女達は卒業していきました。
そして、3年目。私はかなり問題のあるゼミ生を担当させられました。
もはや、私がこれまで培ってきた社会的信用とか実績などは何の役にも立たない感じでした。
親から不本意な生き方を強要され、しかもそれは決して正しいとは言えない道でした。
私は、必死で正しい道に導こうとしました。そして、学生もがんばってくれました。しかし、いくら私が正しい道に導いて送りだしたとしても、その後の彼女達の人生について私は全く責任がとれません。
正しい道を歩んでいく事が、どれだけ大変なことか。
彼女達は、指導を受ける中でそれを悟ってしまい、私の指導を受けなくなりました。
それどころか、私のゼミ生であるということから、いらぬ嫉妬を受け、外部から攻撃を受けるようになりました。
最終的には、性的暴行を受けました。
私だけが無傷で、私が本来守るべき学生が、傷つけられました。
私は、瞬時に退職を決意しました。
もう、私には学生を指導することはできませんでした。
以上です。