以前、今、私たちが住んでいる市で、10年ほど前に母子殺害事件がおこったという記事を書いたと思います。
事件から10年という月日が経ち、地域住民の精神的なケアとこのような事件の再発防止が必要だ、ということを書いたと思います。
こちら ↓
http://ameblo.jp/chikablo321/entry-10585676857.html
恩師であった教授の研究テーマの一つに、防犯のまちづくり、というのがありました。
犯罪を失くすまちをつくるには、どうすればよいか、というものです。
犯罪大国であるアメリカを事例に、どのような環境で犯罪が起こるのか、犯罪が起こった場所はどのようなところであったか。そういったことを検証しながら、犯罪を起こりにくくする環境を物理的に作りだす、というものです。
もちろん、犯罪を起こす加害者の心理的な要因、失業や病などの外的な要因など、犯罪が起こるには様々な要因があるわけですが、犯罪を誘因してしまうような住環境というものもあります。
たとえば、母子殺害事件が起こったこの市で、事件の傷跡がずっと消えずに犯罪のにおいを引きずったままであるとします。
また、同じ事件が起こってしまったらどうしよう、あの事件が起こったのはこんな原因があったからだ。そういったことが、住民の心にずっと引っかかったままでいるとします。
実際に、犯罪を起こした少年は、何らかの原因で精神的な欠陥があったと思われます。
たとえば、DV。家庭内暴力。家族から虐待を受け続けていた。
そこに、深い心の闇ができます。あるとき、何らかのきっかけで、その闇が爆発し、犯罪を引き起こしてしまうことも十分考えられます。
また、犯罪のおこった場所を立ち入り禁止区域にしたまま放置した状態であるとします。
そこでは、犯罪の面影が色濃く残り、再び犯罪が起こりうる場所にもなると考えられます。
例えば、今この地域で、心の闇を抱えた少年が存在し、また、同じような被害にあったらどうしようと不安に思っている母子がいて、さらに犯罪を引き起こすような物理的環境が存在したら。
再び同じような事件がおきる可能性も少なくはないと思われます。
犯罪を起こりにくくする住環境とはどういうものか。
大きなポイントは2点あります。
①領域性 ②監視性
この2点です。
①領域性
人はだれでも自分の領域を持っています。
自分の家は自分の領域です。また、みんなで集まる場所もみんなの領域です。
こういった自分の領域を、人は管理し、守ろうとします。
そこに変な人が入ってきたり、変なことが行われたりしないように自分の領域を守ります。
そうすることによって、誰かの領域となっている場所は守られるわけです。
ですが、誰の領域なのかわからない場所があるとします。
すると、その場所は誰も管理したり守ったりしないので、自由に出入りすることが出来ます。
②監視性
誰かに見られていると、犯罪をしにくくなります。
自分の領域だけでなく、向かいの家や共同の場所を住民が相互に監視することによって、犯罪を防ぐことができます。また、防犯カメラの設置などによっても監視することができます。
このように、誰かが常に監視している場所では、犯罪が起こりにくいと考えられます。
しかし、誰も監視していない場所があるとします。
すると、その場所では誰も見ていないので、好きなことが出来ます。
このように、誰の領域かわからない場所、誰も監視していない場所。これらが、犯罪が起こりやすい場所なのです。
なので、防犯のまちづくりとは、これらの犯罪が起こりやすい場所を作らないようにすることだといえます。
では、10年前に母子殺害事件が起こった物理的環境とはどういうものだったのか。
ある企業の社宅(集合住宅)だったわけですが、実際に現場にいったわけではないので正確な判断ではありませんが、まず、自宅に不用意に少年を入れてしまったことから、被害者が自分の領域を守れていなかったということが一つ。そして、日常的な近隣の付き合いがなく、周囲に監視してくれる人がいなかったということが一つ。
こういった原因が考えられます。
よく、隣に誰が住んでいるのかわからない、とか、いつも戸を開けっぱなしにしている、とかそういう話を聞きますが、これらは、犯罪を誘因する環境であるといえます。
なので、まずは、自身が被害に遭わないために、自宅の戸締りをしっかりとし、普段から近所づきあい等をしていくことが必要となります。
続いて、犯罪者となりうる人が周囲に存在する場合。
これは非常に難しい問題です。
前から様子がおかしいと思っていたけれど、とか、虐待されてる雰囲気がある、とか、そういう話もよく聞きます。
実際に児童虐待を放置したままにしておき、子どもが死亡した事件も最近多く報道されています。
これらは家庭の問題なので、他人はなかなか介入しにくいというのが事実です。
児童相談所やしかるべき機関に相談しにいっても、実際の事実がつかみにくいので、なかなか事前に対処しにくいところがあります。
しかし、単刀直入的な介入は出来なくても、外で見かけたら、それとなく声をかけて話をしてみる、とか、なんらかの行事などに誘ってみるとか、そういったアプローチで介入していくことは可能かと思われます。
そうすることによって、人間的なつきあいのレベルで犯罪者を生み出すことが防げる可能性があります。
現代では、こういった地域のつきあいが減ってきているのでしょう。
昔は、貧しくて困っている家庭が近所にあれば、地域ぐるみで助けてあげたり、なんらかの援助をしたりと、そういったつきあいが存在しました。
それが減ってきていることによって、犯罪者となる人を生み出す割合も増えてきているといえます。
あとは、犯罪跡地を整備することでしょう。
多少の資金はかかりますが、団地を潰し、新たに土地開発していくこと。
これは公的機関が着手していくしかありません。
このような取り組みを、市、住民が行っていくことによって、再犯を防止していくことができるのではないでしょうか。
自分たちが住んでいる街です。自分たちが努力をせずに、誰かが良い街にしてくれるというような他力本願では、街の改善はできません。
まずは、自分の家をしっかりと守ることから始めてはどうでしょうか。
事件から10年という月日が経ち、地域住民の精神的なケアとこのような事件の再発防止が必要だ、ということを書いたと思います。
こちら ↓
http://ameblo.jp/chikablo321/entry-10585676857.html
恩師であった教授の研究テーマの一つに、防犯のまちづくり、というのがありました。
犯罪を失くすまちをつくるには、どうすればよいか、というものです。
犯罪大国であるアメリカを事例に、どのような環境で犯罪が起こるのか、犯罪が起こった場所はどのようなところであったか。そういったことを検証しながら、犯罪を起こりにくくする環境を物理的に作りだす、というものです。
もちろん、犯罪を起こす加害者の心理的な要因、失業や病などの外的な要因など、犯罪が起こるには様々な要因があるわけですが、犯罪を誘因してしまうような住環境というものもあります。
たとえば、母子殺害事件が起こったこの市で、事件の傷跡がずっと消えずに犯罪のにおいを引きずったままであるとします。
また、同じ事件が起こってしまったらどうしよう、あの事件が起こったのはこんな原因があったからだ。そういったことが、住民の心にずっと引っかかったままでいるとします。
実際に、犯罪を起こした少年は、何らかの原因で精神的な欠陥があったと思われます。
たとえば、DV。家庭内暴力。家族から虐待を受け続けていた。
そこに、深い心の闇ができます。あるとき、何らかのきっかけで、その闇が爆発し、犯罪を引き起こしてしまうことも十分考えられます。
また、犯罪のおこった場所を立ち入り禁止区域にしたまま放置した状態であるとします。
そこでは、犯罪の面影が色濃く残り、再び犯罪が起こりうる場所にもなると考えられます。
例えば、今この地域で、心の闇を抱えた少年が存在し、また、同じような被害にあったらどうしようと不安に思っている母子がいて、さらに犯罪を引き起こすような物理的環境が存在したら。
再び同じような事件がおきる可能性も少なくはないと思われます。
犯罪を起こりにくくする住環境とはどういうものか。
大きなポイントは2点あります。
①領域性 ②監視性
この2点です。
①領域性
人はだれでも自分の領域を持っています。
自分の家は自分の領域です。また、みんなで集まる場所もみんなの領域です。
こういった自分の領域を、人は管理し、守ろうとします。
そこに変な人が入ってきたり、変なことが行われたりしないように自分の領域を守ります。
そうすることによって、誰かの領域となっている場所は守られるわけです。
ですが、誰の領域なのかわからない場所があるとします。
すると、その場所は誰も管理したり守ったりしないので、自由に出入りすることが出来ます。
②監視性
誰かに見られていると、犯罪をしにくくなります。
自分の領域だけでなく、向かいの家や共同の場所を住民が相互に監視することによって、犯罪を防ぐことができます。また、防犯カメラの設置などによっても監視することができます。
このように、誰かが常に監視している場所では、犯罪が起こりにくいと考えられます。
しかし、誰も監視していない場所があるとします。
すると、その場所では誰も見ていないので、好きなことが出来ます。
このように、誰の領域かわからない場所、誰も監視していない場所。これらが、犯罪が起こりやすい場所なのです。
なので、防犯のまちづくりとは、これらの犯罪が起こりやすい場所を作らないようにすることだといえます。
では、10年前に母子殺害事件が起こった物理的環境とはどういうものだったのか。
ある企業の社宅(集合住宅)だったわけですが、実際に現場にいったわけではないので正確な判断ではありませんが、まず、自宅に不用意に少年を入れてしまったことから、被害者が自分の領域を守れていなかったということが一つ。そして、日常的な近隣の付き合いがなく、周囲に監視してくれる人がいなかったということが一つ。
こういった原因が考えられます。
よく、隣に誰が住んでいるのかわからない、とか、いつも戸を開けっぱなしにしている、とかそういう話を聞きますが、これらは、犯罪を誘因する環境であるといえます。
なので、まずは、自身が被害に遭わないために、自宅の戸締りをしっかりとし、普段から近所づきあい等をしていくことが必要となります。
続いて、犯罪者となりうる人が周囲に存在する場合。
これは非常に難しい問題です。
前から様子がおかしいと思っていたけれど、とか、虐待されてる雰囲気がある、とか、そういう話もよく聞きます。
実際に児童虐待を放置したままにしておき、子どもが死亡した事件も最近多く報道されています。
これらは家庭の問題なので、他人はなかなか介入しにくいというのが事実です。
児童相談所やしかるべき機関に相談しにいっても、実際の事実がつかみにくいので、なかなか事前に対処しにくいところがあります。
しかし、単刀直入的な介入は出来なくても、外で見かけたら、それとなく声をかけて話をしてみる、とか、なんらかの行事などに誘ってみるとか、そういったアプローチで介入していくことは可能かと思われます。
そうすることによって、人間的なつきあいのレベルで犯罪者を生み出すことが防げる可能性があります。
現代では、こういった地域のつきあいが減ってきているのでしょう。
昔は、貧しくて困っている家庭が近所にあれば、地域ぐるみで助けてあげたり、なんらかの援助をしたりと、そういったつきあいが存在しました。
それが減ってきていることによって、犯罪者となる人を生み出す割合も増えてきているといえます。
あとは、犯罪跡地を整備することでしょう。
多少の資金はかかりますが、団地を潰し、新たに土地開発していくこと。
これは公的機関が着手していくしかありません。
このような取り組みを、市、住民が行っていくことによって、再犯を防止していくことができるのではないでしょうか。
自分たちが住んでいる街です。自分たちが努力をせずに、誰かが良い街にしてくれるというような他力本願では、街の改善はできません。
まずは、自分の家をしっかりと守ることから始めてはどうでしょうか。