ムスメが小学校に上がる時
せめて読み書き算盤だけは身につけさせるのが親のツトメと鼻息を荒くした。

漢字は読めるが書くのは滅法苦手という娘のために
象形文字がどのようにして現在のカタチにおさまったか解説してあるような辞書を入手。

象形文字は面白いけれど元々の意味を残す漢字って意外と少ないのね。

いろいろな象形を組み合わせ新たな漢字を生じさせるが
「行間を読めってか?」ってくらい元の意味から離れてて笑える。

そしていろいろなパーツを組み合わせているが故に誤読も起こるわな。
その時の精神状態で「男汁」なんていう桃色解釈もするわな。
その時っていうか常時だわな。


ベルセルクの完結を見届けることが叶わなくなった。
そして続きを待ち焦がれる作品はまだまだある。
町田康のギケイキもそのうちの一つ。
何ヶ月かおきに新刊の情報を探るが2021年に完結予定以上は分からず。
2021年にいつの間にかなっているが刊行の気配すらない。

それでも作品の理解をより深めようと、当時の歴史的状況をおさらいしようと
久々に司馬遼太郎の作品を手に取る。

次々と現れる歴史上の人物。
義経。「経=つね」と読むねん。
頼朝。「朝=とも」と読むねん。
秀衡。「衡=ひら」やねん。
景季。「景=かげ、の上に、季=すえ」やって。
義、頼、盛、重、忠、資、時やらなんやらと当時の人名を読み下すうちに
ゲシュタルト崩壊。
誰が誰だか分からなくなるうちに義経は滅ぼされるのであった。

学校で習字の授業が始まったムスメ。
墨汁で真っ黒になった姿で帰ってきた。
これはいかぬと書道の道具などの扱い方をみっちりと復習。
ついでに文字も書かせてみるが。
こちらもゲシュタルト崩壊している。
日本語と漢字はいと難しき。


人間ドックにて便潜血の指摘あり。
ただただ老いさえらばるモードに突入中の我が身なれば精密検査は必須。

大腸癌内視鏡検査を受けた。
先端に神の目を持つ管を尻穴に突っ込み大腸の奥深きまで差し入れるという荒業。
正確で精密な神託を得るためには事前の儀式を調えねばならぬ。

故に、前日には病院より提供されたミールセット。
朝:お粥→昼:ゼリーとビスコ→夜:お粥とハンバーグ。
当日は水分以外は不可。

10時に病院に入り、10時半より「洗腸薬」なる不味い不味い薬を1時間半かけて1.5リットル。
空っぽになった腸が神の目に晒されるのは15時。
え??15時???暇つぶしアイテム何も持ってきてないことに目眩。
今後は合理的対応を強く望むし、事前に教えておくれよう。。。

仕方なくスマホでTwitterなど悪魔の囁きに目を通すなど。

鎮静剤投与による無意識化での検査。
薬物はもちろん自然化での意識消失の経験がないので非常に不安だったが
「はーい、お薬入れますね〜」の言葉と共に寝入り、清々しく目覚めた。

検査の説明までの待機がまた長く、その間これから食すべき極上の食べ物を思案する。

「赤味噌だれの豚カツだな」と決まったところで検査内容の説明に呼ばれる。

癌は見当たらず、良性ポリープを2カ所切除。

切除したからには当日は絶食、明日も術後ミールセット(スープ→お粥→雑炊)。
さらに二週間は絶望的な食事摂生。

豚カツの幻影に追いかけられる二週間になるのだろう。

10年前に撮影を頼まれた結婚式のテープがやっと出てきた。
撮影してすぐに編集やらなにやらしとけば良かったのだけど
知り合いでノーギャラだとなかなかね、作業に取りかかれないのはクリエイターあるある。
なんて言い訳をしてみたり。

どこぞに紛れ込み長らく忘れていたが
いざ、発掘し、思い出マイブームにのっかりデジタイズまでしたものの
年賀状のやり取りばかりになった知り合いの真の近況はいかがなものか。

よろしき夫婦関係の話を聞くのが稀な現代社会だもの。
順調であることに不安を抱くことさえある世の中だもの。

「おひさ、最近どう?」あたりさわりのないメッセージを送れば
「あたし結婚向いてないかも。いろいろあるよね。。。」

むう。。
それでも、神の前で永遠の愛を誓った姿は
デジタル技術の進化によりめっちゃ鮮明に残っているのであった。。。

緑深き温泉宿に辿り着く。
山々の発する霊気を存分に取り込まんと
部屋の窓を開け放し無闇に咆哮などしてみる。

ここには「アカ犬さん、部屋で電話をする時は静かに喋ってください」と
住人クレームを伝える月2万・祖師谷大蔵のアパート大家もおらぬしなどと独りごつ。

清々しき大気に満たされた部屋に満足し
風呂に浸かり料理に舌鼓をうち普段は飲まぬビールを嗜む。

いとよろしき気分にて部屋に戻りたれば
開け放たれた窓から侵入せし大量の羽虫蛾蝶甲虫。
嗚呼、我れ不覚せり。
自然の摂理とは斯様なものであったわい。
自然への憧憬など滅菌殺菌デオドラントの元に発現する夢幻であったわい。

実家のレモンの木にアゲハの幼虫が大量発生し
東京に持ち帰り育てると聞かないムスメに、
「都会では餌である柑橘の葉など入手できぬ故、父が毎日、成長の様子を写真にて伝えるとも」
などと宥めすかして納得させた。

さて今日の写真を撮るか。
昨日まで蝟集し黒から緑へ成長した数多の個体が一匹たりとも見えぬ。
見上げれば電線にとまる囀るヒヨの姿。
南無。食い散らかされたのね。
自然の摂理は徹頭徹尾ドライでボージーソワカ。
以前にも書いたかかも知れぬが
うちのヨメの育児方針は「子どもなど犬と変わらぬ」
人間よりも犬を愛するが故の信念だけれども
あまりの非人道的なる言葉の響きにネタとしては取扱注意案件。
御都合リベラル集団に見つかればポリコレ棒でそれこそ犬を打つように打擲される。

息子が3歳になった。
低体重で生まれ、重篤ではないがすでに3回の入院を経験したのが嘘のように
笑い飛び跳ね転び泣く。
だのに未だに、しゃべらんのだ。
言葉が遅いのだ。

保育園の送り迎え、同じクラスの子どもらがべらべらうるさくしゃべるのに。
いまだに「アンパンマン」「(ポケ)モン!」「(ピカ)チュウ」ばかりの発語。
そのくせ「おいしい」だけはやけに明瞭。

それでも人の言葉は理解していて
「ほれ、こっちにこい」
「ほれ、座れ」
「あほ、まだ食うな」
「お手」

愛くるしくちょこちょこと動く様にまなじりを垂らしてみていると
雷光一閃驚愕の事実。
あゝ、やっぱり犬。。。
メインストリートは行き交う人で溢れているのに
一本筋を逸れると結界が張られているかのように閑散とした道となる。
そんなことに気づいたのはいつだったか。

そもそも寄り道が好きだった。
この裏路地に通じるスキマ道をゆけばどんな世界が広がるのか
あの空間には何が覆い隠されているのか
などという好奇心を抑えられずふらふらと街を彷徨。

辿り着く場所は目医者ばかりの路地。
はは、そのうえ人外が跋扈しておるわなどと妄想膨らむ空気感。
好奇心は大変満たされる。

3歳の息子との散歩。
目敏くスキマを見つけては異界への入り口に駆けていく。
汚れちまった大人の如き偏向嗜好など醸成されてるわけもなく
おそらくは異界の盟主の放つ悪の波動に引き寄せられるのだ。

息子が魑魅魍魎の魔に取り込まれぬようにと
ブロック塀の間に挟まって、レスキュー隊に3時間後に助けれられ
世界の仰天ニュースで世界中の笑者にならぬようにと
父は観音経を唱えつつ、泥だらけの傷だらけになりながら息子の後を追うのである。
「生まれ故郷とそこの人々を大切に!なぜならそれがお前の根っこだからだ!」
みたいなことを言ってる本宮ひろ志の漫画を読んで
「オレにそんなモノがあるのか?」などと不安になった。

今になってわかるのだけど帰属意識が希薄。
飲み会とか同窓会とかものすごく苦手であまりのスルー・音信不通っぷりに
死亡説も流れたことのあるオレだもの。

かって帰属していた大学は他の学校に吸収されてしまって
今となっては名前すらなく校舎自体もこの春に移転した。

その引越しの様子がドキュメンタリー番組で紹介された。
卒業できたのが不思議なほどに授業に出ていなかったけれど
映し出される研究室や学術資料をみて、この学校で多様性を学んだのだと腑に落ちる。

子を持ったにもかかわらず、相変わらずの根無草気分は
どんなものでも存在は許されるという視点を得てしまったが故かしらん。
ラオウを前にした虎は襲いかかるも
圧倒的暴力のオーラに動きが止まり
振り上げた前脚の爪を振り下ろすことができない。
片やケンシロウの前では彼我との圧倒的な戦力の差に
死を受け入れ諦念とともに目を閉じる。

圧倒的な力の存在を感じることは現代社会において甚だ困難。
ゆえにマシュマロのように甘くスイートでファンタジックな言説が跳梁し
火で炙ったマシュマロのごとくただれオノレに甘い輩が跋扈する。

「ヒグマを見よ」ってのが我が家の家訓。
ヒグマの恐ろしさはあまたの事件を紐解けば知れるし
矢口高雄からその知性の高さを教わった。
そんな甘い甘い知識によって形作られた幻想は
実際に対峙しすることで破られる。

肌で感じる圧倒的な力の存在。身を包む恐怖と諦念。生物としての敗北感。
これらを感じるべしと末代まで伝えてゆきたい。

奥飛騨のクマ牧場の真の目的はヒグマとの邂逅。
家訓を果たすために娘にヒグマを感じさせねばならぬ。

居らぬ!見当たらぬ!檻すらねえ!!

一昨年身罷ったのこと。
家訓を果たさず、ひたすら餌をねだる可哀想なツキノワグマに五百円も散財。
束の間の春休みに娘と二泊三日の奥飛騨旅行。
名古屋からワイドビューひだにて高山に。
高山から平湯温泉へはバス。
東京からなら高速バスの方が得だったかも。
それでも三日間バス乗り放題のクーポンついて二人で18,000円。

娘が大浴場一人で入れるか心配だったが案の定無理。
しかし宿泊者も少なく家族風呂が使い放題。
だのに春の陽気に発生した羽虫に恐慌を来した娘は、結局、部屋付の風呂しか使わぬ。

目当ての奥飛騨ロープウェイの雪道。
「雪で遊びたい」と行く前はノリノリだった娘であるが
圧倒的な白い世界に再び恐慌をきたし、なだめすかし怒りの1時間でようやく雪に慣れた。
それにしても暖かい。5℃ぐらいはあった。
前回は東日本大震災直後の同じ時期に来たのだけど
もっと雪にまみれ、雪道近辺は氷点下10度ぐらい。
防寒のため大荷物の旅となったがダウンジャケットすら出る幕なし。

クマ牧場はツキノワグマばかりだが娘は餌やりもでき大満足。

初日の夕食は「むむむ」だったが2泊目は少し豪勢に。
ただ、主食が3種ならぶという謎献立に半分以上残すことに。

3日目は高山で2時間くらい時間を潰すが5時間ほどバスと電車で東京に戻る。
疲れた。