10日の朝方に大じじが亡くなりました。92歳でした。

大晦日までは相変わらずの叫びっぷりで大騒ぎだったのが、元旦からぱったり止み、
徐々に食欲が落ちて、そのまま眠るように逝きました。


最期は家で、という本人と家族の希望を叶えるため、無理な延命はしませんでした。
本当に自然な最期だったと思います。


最後に騒いでたときに、


「おばあちゃんありがとう~ありがとう~お世話になりました」


って大ばばに言ったそうなので、もうわかってたんだろうと思います。

それでも元旦にはしっかりお雑煮(小さくしたとはいえ餅入り!)もカニも食べたし、
4日には食欲がないことを心配する中いきなりスティックのパンを2本たべたり、
5日には食べないだろうと思いながらも一応作ったおかゆをペロっとたいらげたりもしました。

でも6日の朝にプリンを食べたのを最後に口を開けなくなり、先生に来てもらったら
もう肺炎も起こしてるけど熱が出ない(体温計ではかれないほど低い)し、
あと3日くらいだと。

老衰っていうのはだいたいが肺炎なんだそうです。なので死亡診断書の死因は肺炎。


それでも最後まで、呼べば目を開けて、こっちを見ようとしたし、口になにかを持っていくと
顔をしかめて嫌がったり、返事をする元気がなかっただけでみんなの声はちゃんと聞こえてて、
理解してたんだと思います。

9日の夜寝るまえにも、11日におばちゃん(大じじの娘)がくるから、それまでがんばろうねって
声をかけたら、「うー」って返事をしてくれました。弱々しかったけど確かに2回、返事をしたの。


その夜中にもう一度息をしてるのを確認したあと床についたのですがなんだか眠れなかったので
布団の中で携帯をいじったりして、そのまま眠った明け方ごろに、大じじは一人で
静かに旅立っていたみたいです。あんなに一人はやだよ、おばあちゃんおばあちゃん!
おーいおーい!って毎日騒いでたのにね。朝一番に起きる大ばばが見たときにはもう冷たくなっていました。
この3日ほど体温が計れないほど低かったんだけど、亡くなったあとの冷たさはまた違うんですよね。
でも苦しむことがなかったので、本当に綺麗な顔で、それこそ今にもまた騒ぎだしそうな、
いい顔をしています。



あと3日、という時間をくれたおかげで、みんなきちんと心の準備もできていたし、
なにより本人が苦しまずに逝けたのでその死を辛く悲しいものとして受け止めるのではなく、
人として自然なことだと静かに受け止めることができたと思います。



骨を拾うまでが家族の介護です。葬儀は近親者のみでとりおこなうことにしました。
でもすぐにあっちこっち話がまわっちゃってなかなか近親者のみにならないんだけど・笑

まだ諸々やることだらけなのでしばらくバタバタしますが最後までがんばります。


最後はさようならじゃなくて、ありがとうと言いたい。至らない介護人だったけど、
なにをしても「ありがとう」と言ってくれた大じじ。こちらこそ本当にありがとう。

あと少し、がんばります!