2021年1月5日

外来の診療終了証をいただきました。


「経過観察」としての受診は

いつもの病院整形外来と、大学精神科で継続中。

毎週火曜日の午後、主治医の下で仕事をしているので

これもまた経過観察みたいなものだけど。


3年前か…

3年なんだな…

「動けるからだ」を手に入れたけど
「動けるからだの動かし方」がわからなくて。
「深い霧の中にいる」とか
「真っ白なパズルを組み立てているみたい」って感じていた。

今までと同じことをしていたら、同じことの繰り返しになるってわかってはいたけども。
変えるために向き合うこと、変えていくことへの葛藤が苦しくて。
その向き合い方じゃ辛くなるよ、と言われたことも。

なんでもしゃべるくせに、本当に困っていることは言えずにいて。
「ぎゅうぎゅうに圧縮して『なかったこと』にしちゃうけど、ある日突然破裂する」と
自分でもわかっていたところと向き合って
変えていこうとしている過程は本当に苦しくて。
いつもの病院でどれだけ話を聞いてもらったかわからないし
泣いてきたことか、っていう。

2021年は深い霧の中にいて。
2022年は就労ではなく学び直しに逃げた、と感じて。
2023年は不思議なご縁がつながって。

わたしはADL「だけ」のひと。
(動けるようになった、というだけのひと)
学び直しに逃げた、と感じていたけれど。
そんなことはなくて。

動けるようになったことで、新潟まで通院できて。
おひとりさまcafe巡りができるようになって。

大学病院まで1人で通院できるんだから
隣(病院隣の図書館内)にある
放送大学の学習センターに行けるんじゃない?と
放送大学を始めることになって。

そこからのご縁がつながって
事業所での仕事が決まって。

受診時に暑苦しく看護のことを語っていたり。
自分の受けた看護について卒論書きたい、って
言っていたことで
大学での仕事につながって。

学び直しに「逃げた」と感じていたけれど。
「逃げた」先に、新たな道が開けていて。

そこからの今、なんだな…と。

当事者として治療や看護に関わっていくことで
自分が辛くなることもある。
同業者の中に入った時は特に。。。

だけども。
今は「ぎゅうぎゅうに抑圧して、『なかったこと』にしない」が
少しずつできるようになってきていたり。
「辛かった」って言えるようにもなってきていて。

少しずつだけど
動けるからだの動かし方がわかってきたところです。