気付いたら こうしろ がないのが本当に楽。
圧が全く無い。
お菓子食べ過ぎてるのは、癒やしを求めてるんだな
って気付いたら、別にその上で食べたらいいんだよ と
家人に言った。
その積み重ねの上でどう変わっていくかはやってみないとわからない。
私達は気づきもしてないということになる。
誰もが自分の思い通りにならなければ不快なのだ。
その不快をどうやって誤魔化してた?
そこに気付けているか。
自分が悪かったーーー って反省したらうまくいくのか?
多分それって、そう思うことでどうこう ってご利益的な本音が隠れてんじゃないか?
自分に対して、
悪かったなんて思いたくないほど不快なんだね
って共感してやれ。
相手にわからせてやりたい気持ちに駆られたんだね、とか。
私は自分に傲慢さがあることを否定しない。
我儘な気持ちがあるんだね、と気付いて終わろう。
その内実を口にすればたちまち、開き直りだろ と言われる。
大人の世界って本当厳しいですね?
本来なら、気付いたらその上で、その内心など告げず
相手に寄り添ったような態度をして終わりだ。
種明かしをされるということは、それだけ信用してるって証左なんだが
おもしろくない回答には、不快になるんだろうし、
なにをいっても後付と取られ、取り繕ってるって思われる。
もはや、そういう受け取り方をするという性質なのだろう。
目の前でそれが見えてるってことは、私もそういうところあるんだろうな。
あーあー人間って本当めんどくせーですね。
好きなところもあり、嫌いなところもあるってだけだなこれ。