2018年9月の発覚から始まった
左乳がんの治療が
6/21(金)にようやく一区切りついた。
一区切りついてから1週間経った
今の気持ちを書いておこう鉛筆


約10ヶ月、本当にいろんなことがあった。
一度は、もう死ぬんだろうな、
ということまで考えた。
孤独だなと思ったり、
運が悪いなと思ったり、
基本的にマイナス思考だった、、

なにかやっていないと病気のことばかり
死ぬことばかり考えてしまう。
一人では闘病できなかった。
社会と繋がりがなくなったらますます
孤独になると思って、仕事をしながら
治療することを選んだ。

家族や職場の人の理解や支えがないと
働きながら治療するのは難しいし、
病気のことを知っている人が、
心配しつつもふつうに接してくれるのが
ありがたかった。

感謝の気持ちがたくさん生まれた。

親戚と友だちには誰にも言っていない。
実はさー…と、おしゃべりなのでつい言いたくなるけど、このままでいいかな。


さくらももこ先生が亡くなったことに始まり、
初めて乳がん検診したこと
乳がん発覚したときのこと
入院したこと
抗がん剤の副作用がつらくて大変だったこと
顔がむくみすぎて、顔面崩壊したこと
味覚障害になったこと
手術したこと
歩行困難で歩けないこと


いろんなことが一気に起こって
ありすぎて書ききれない。


今思えば、吐き気があっても出社していて
よくやったな と自分でも思う。
むくみでとんでもない人相だった時、
よくあんな顔で出社したな と自分でも思う。
マスクしていたとはいえ、
本当にスゴイ顔をしていた😷

職場の人には、「無理せずに…」と
言ってもらえていたけど、
どこからが無理なのか
自分で線引きすることができなかった。

だから、
吐き気があっても死ぬわけじゃないし、
顔面崩壊しているからって
働けないわけじゃないし、、
と思って仕事していた。

無理の度合いは人によって違うけれど、
ガンでも働けるってことは
証明できたんじゃないかと思っている照れ星


ネットで病気のことを調べるのは怖いので
見ないようにしていた。
同じ病気の人と情報交換できたら…
なんて思ったけど、
そんな場所はなくて、
病院に行けば患者はたくさんいるのだけど
話しかけるなんてできないし。

治療が進むにつれて、気持ちに余裕ができて
病気を患っている方のブログを読んで
勝手に親近感湧いたりしていた。
だいたひかるさんのブログは
おもしろくて前向きな気持ちになるので
これからも要チェックUMAくん


ドラマ『ラジエーションハウス』の放送中に
自分もラジエーションハウスに通っていて、
最終回と共に治療を終えたこと

忘れない。


生きていることに感謝キラキラ




⬇︎ 放射線治療のマーキング
  消えちゃう前に記念に…


⬇︎ 抗がん剤により 脱毛したときの毛