
この峠の谷底には母が生まれ育った家がある。今は土台の石垣と、林の中の墓しか残ってない。この峠も昔はバスが通っていたが、とっくに廃線に。よく、母から聞かされた父との出会いのバス停は多分崖の下の旧道にあったのだろう。
若き日の母が滅多に来ないバスを待っていたら、柔道の試合帰りの父が運転するトラック(荷台に他の選手を満載していた)が通りかかり、「顔色が悪い娘だ」と心配して乗せてくれたという。
「バス停の近くにネムノキの花がきれいに咲いていた」
父の死後から自分が惚けるまでの毎年、夏になると母は懐かしげに出会いの話をしていた。
顔色が悪いはずで、当時の母は白血病だったのだ。アメリカ兵の血液を使って毎週全身の血を入れ換える治療を受けていた。儚げな白い顔の娘がネムノキの下に立っていて、ついつい心引かれてトラックを父は停めたのだそうな。まあ、ロマンチック
しかし、生前の父に言わせると、母は当時田舎では有名なキツい女だったので、素通りすると怨まれるんじゃないか、実際土気色のコワイ顔をして睨んでいたし…停まるしかなかったんだよ、というのだが。照れていたのか本当なのか、それもあるがやはり心引かれたのか…

ネムノキは結構沢山生えていて、大木になっているから花がなかなか撮れなかった。ピンクに染まった鳥の羽根のような花なのだが。
今日はこれからついに脚が立たなくなった母を病院に連れて行くためにグループホームに向かう。その前にちょっと遠回りして、この峠を通ってみた。
思い出は人の歴史だから、色々な解釈があるし、事実は時間の中に失われてしまうかもしれない。人と人の間で起こる事に、真実は1つではあり得ない。
思い出を引き継ぐ私には、私に思い出を語った人の気持ちを考えなくてはならないというおまけがつき、私が誰かに語ればその人はまた語る私の気持ちを考え…
とまあ、語られる歴史はややこしく、少しも論理的でも科学的でもないのである。
しかし、そんな時間の地層に埋もれたような他愛ない話を記録したり、語り伝えたりするのは結構大事な事だと思うのだ。