「サイコロを振る」ということも一つの善≒存在≒有ならば、
神は全存在であるから、「サイコロを振る」も自らに有していなければならない。
「何が出るか分からない」も上と同じく。
一方、「何が出るか知っている」も上に同じく。
神は全てを必然的因果として捉えることも出来る。
神の全ての行為を「必然」ということも出来るが、
その行為のなかには「結論が分からないルーレット」も入っており(同時に知ってもいるが)、
その意味で「偶然的行為」を行うことが出来る。
「何が出るか分からない」と本気で言いつつ、「何が出るか知ってもいる」。
神以外の観点から偶然に見えても、神にとっては必然的なもの。
神にとっても偶然であり、同時に必然であるもの。