十戒、民主主義 | まあのブログ

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夢日記や神学などを書いております。

リベラル=「十戒だけが共通の守るべきこと」

保守=「十戒+何らかの価値観を強制・教育・共有する」

リベラルは「十戒の他は、勝手にしやがれ」で、

保守は「それだけじゃなく、これも絶対に守れ」だ。



十戒の「殺すなかれ」。

ある人が「十戒以外に、この習慣を皆が守ってくれなきゃ、ボク死んじゃう」と言った。

その場合、その人を殺さないために、皆でその習慣を守るか。

守る場合、渋々守るか。それとも、喜んで守るか。


どちらにせよ、定着すれば、彼の我が侭は「守るべき十戒」的なものに近付く。


ところで、その守るべきものを守るための「コスト・金、人、時間」はどのくらいか。

守ったとして、人を幸せにするか。

選定にあたり、一人一人が理性的に判断したか、特定の誰かによる扇動か。

一度決まったら永遠か、変えられるものか(変えやすいか、変えにくいか)。

反対意見などを広める手段は、その共同体に広まっているか否か(ネットなど)。

世の人は聞く耳を持っているか否か。

聞く耳を持つようにする教育はなされているか否か。



守らぬ場合。

その人を「勝手に死ね」と突き放すか。

「十戒だけを守っていれば良い」という社会へ適応させるように教育するか。

その教育にかかるコスト。

彼の言い分を聞くか、聞く耳を持たぬか。

教育過程は共通か個別か。

教育内容はオープンかクローズか。

教育に失敗した場合、罰するか野放しか。

罰するとして、その罰の程度。

その程度はどのように決められたか。




あるいは逆に、彼を説得しようとしたところ、彼に感化されることになるかも知れない。



折り合えぬ場合は、独立してもらうことになるかもしれない。

独立すれば、今度はそちらに人が集まるかもしれない。

他の共同体から、「あいつ等は悪影響を及ぼす」と判断されれば、潰されるかもしれない。

潰されないために、お互いに武装するかもしれない。

どちらかが勝って、一色になっても、また一色から多色になるかもしれない。

また同じことを繰り返すかもしれない。