神学 「アエヴィタニティ」「無感動な分析」 | まあのブログ

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夢日記や神学などを書いております。

・「リンゴ+食べる→美味しい(=感動)」。
・感動すると、その瞬間、時間がなくなる。

・有限は時間のなかにある。
・無限は時間を超越している。

・感動する時には時間がなくなるのだから、
 感動する時には無限に通じているのである。
・これを「天使が発生する」と言う。
・「発生」という言葉でなく、「降臨」でも良い。
・「リンゴ+食べる」を、「あらゆる出会い」に変えても良い。
・即ち、「存在は刻一刻出会っている」だろうから、
 天使は刻一刻無限に降臨しているのである。
・「神は刻一刻天使を産み続ける」のだ。

・「アエビタニティ」とは、「天使の時間」とでも訳そうか。
・形而上的存在である天使には質量がない。
・物質でないから、物質的限定性から逃れており、
 さらに天使は時間を超越する存在でもある。
・なのに何故、「天使の『時間』」などと言うのか。
・「感動」に至るまでの時間を、逆から見ているのだ。
・「リンゴ+食べる→感動」であるなら、
 「感動」に寄与した「リンゴ+食べる」を、天使の側から見るのだ。
・形而上的レベルに刻まれた「感動の手順」とでも言おうか。



・ところで、現代哲学はハイデガーの存在論も、
 要は、上記のことを言っているわけだ。
・本居宣長の「もののあはれ」論が、
 その意味で、ハイデガーより早く、より本質的であると言える。

・私が言いたいのは、どんなに理屈っぽい哲学も、
 「もののあはれ」に裏付けられていると言えるので、
 難しいことを言う奴は「感動しない奴」とするのは間違っている、ということだ。

・それから、天使になるからと言って、
 「その順番」が天使的に刻まれるだけであって、
 Aさんの感動は、Bさんの分析の対象になったって構わない。