神学 「イデアは分節だけを、最終的、且つ、根本的な根拠とする」 | まあのブログ

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・「犬」というイデアは、
 犬という「分節」が「形而上」的に存在すれば、
 その存在が保証される。

・「キリンのように首が長かったら、どうするのか。境目はどこか」という意見。
・それどころか私なら、「点を犬だと思う奴がいたら、どうするのか」と言う。
・どうするか。
・犬だ。

・「言ってんじゃしょうがねえや」という話である。

・事実、そいつのなかでは「点が犬」なのであり、
 抽象絵画で「線を書いて、犬です」というのはいくらでもある。

・即ち、全てのイデアは「その分節がある」というだけで、
 その存在根拠を満たしていると言って良い。
・中身には何が入っても良い。

・だから、「犬であって、キリンである」という存在があって、
 その存在が、イデア的にはどちらかと言われれば、
 どちらにも当てはまると言って良い。