赤ちゃんが産まれる前、産まれた後、赤ちゃんの分だけ生活が変わるだろうとは、思っていました。
赤ちゃんは泣いて自己表現をし、2時間おきにお乳をあげるなり、おむつを替えるなり、一人一人泣くタイミングも、ほしがる物も違うだろうし、赤ちゃんが教えてくれる。
何の気負いもなく始まった生活。(この感覚も今思えば不思議。めっちゃ楽しみなわけでもなく、不安でもない。)
産んですぐにはあんまり動いたらだめよ!後になって体にひびくよ!
と言われながらも、どんどんあふれてくるエネルギーに、じっとはしていられず、(寝られなくても平気だった。産んだすぐは、そういうもんだと思ってた)産む前にしきれなかった細かい部分の掃除をしてみたり、家具の模様替えをしてみたり、赤ちゃんが起きるのをただただ眺めて待ってみたり。
だから、子育てってしんどいって言われるんだな。と…。
それなりにお世話をしていたと思う。
でも、何かがなんだか違うような…。
ママ友達と、寝られない日々はいつまで続くのかを話したり、お化粧しなくなった報告をしたり、洋服も靴もガラッと生活そのものが変わっていくことをはなしたり…。大変で、しんどいって。
トイレに行くのにも気を遣って、しんどい。
その話が、なんだか愚痴っていうか、大げさ話っていうか、
私は、育児を大変でつらいよー!けど、がんばってるよー!と、言わなければいけないと思っていた。
誰かと話するときは必ず…その癖は中々治ってないんだけど。
実際はそんなネガティブトーンではない。何か違う。
とんでもなく幸せな方が断然多いはずで、それを取りこぼしてる様なきがしていた。しんどい話をすることによって…。
しんどい話をしなくても良いんだ。と気づいてからは本当に楽になった。
しんどいけど、それよりももっと楽しい話があって。
楽しいい話をするためにしんどい話を挟む方が自分にはしっくりくる。
睡眠がとれない時期は本当に辛かった。でも、もう限界。と思う時期が来ると、すっと成長して、急に5時間寝かせてくれたり。すごい感謝。
歩けるようになったら、それをただただ喜び、もうハイハイを見ることは無くなるんだよ。と教えてもらい。感慨にふけり。
でも、お買い物が別の意味で大変になると思うけど、楽しんでね!と、また笑顔でその大変さを共有出来る方が、断然幸せ。
家事の手のぬきどころも子どもの抱っこ!抱っこ!に付き合うことで自分のボーダーラインを知ることが出来たし(笑)出来なくてもしなくてもどうにかなる…という。
出来る日がひょっこり出てきて、そのタイミングに合わせればいい。
子どもに振り回されるのではなく、今までの自分が集めてきた常識や固定観念を見直すまでのこと。
大変な瞬間はある。見たこともないような自分の怒りに自分が引くくらいの鬼(自分)に出会ったりすることもある。
でも、それが軸になってるんじゃない。笑ってる方が断然多いもん。
その最高の幸せの見つけ方は、ただただ、子どもを好きと思っても良いんだ!から始まるように思った。
子どもの喜ぶ顔が見たいと思った。
親として、子どもに出来ることは何でもしてあげたいと思った。
でも、そのやり方が分からなかった。
そこから私の幸せの見つけ方が始まる。
子育てをしてそれを幸せだ!と思っても良いんだ。
子育てを楽しんでも良いんだ!と思えてから、すごく楽になった。
あの縛りは何だったのか。まあ。何となく自分でも理由は分かってるけど…。
自分の呪縛から完全に解き放たれる時には、ずいぶんと幸せになっていることだろう(笑)
ありのまま、そのままを認める。
良いところとよばれる部分も悪いところと呼ばれる部分も、視点が変わればみんな同じ部分で全部。
自分らしさを大切に。譲れないこと。好きなこと。苦手なことも。
育児って本当に育自なんだなあ…。
自分のことを見つめ直さないと、前に進めまへん。
はあ。大変大変(笑)