「松山千春の元スタッフ・タカアンドトシのトシの父親・ミーこと三浦さんのキャニオンレコード営業時代の最後の仕事は、山本譲二 『みちのくひとり旅』のプロモーションと、スタッフと。」S4440
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◆更新履歴
V1.0:2017.06.02 初稿
V1.1:2018.10.07 最新エディタにて作成、旧記事と差し替え
V1.2:2018.10.09 「誰だって波瀾爆笑」でのタカアンドトシのトシのコメントをリンク
V1.3:2020.12.17 是正
V1.5:2024.04.22 追記
◼️松山千春の元スタッフ・タカアンドトシのトシの父親・ミーこと三浦さんのキャニオンレコード営業時代の最後の仕事は、山本譲二 『みちのくひとり旅』のプロモーションと、スタッフと。
◆2024.04.22 追記 夢野旅人
「タカアンドトシ」のトシ(47)が、2024年21日放送 フジテレビ系「だれかtoなかい」(司会者 中居正広、ムロツヨシ )に出演し、同様のエピソードが語られました。
◆2018.10.9 関連記事
2018.10.7放送の日本テレビ系「誰だって波瀾爆笑」にて、タカアンドトシのトシが松山千春についてコメントしました。
◆2017.6.2 夢野旅人
松山千春の元スタッフ・タカアンドトシのトシの父親・ミーこと三浦さんのキャニオンレコード営業時代の最後の仕事は、山本譲二 『みちのくひとり旅』のプロモーションと、スタッフと。
1982年2月5日 ラジオ『松山千春の今夜はきめよう! partII』 。
翌週の12日の放送。
スタジオにいたスタッフに、
ソッチ、横山、ミー
と、千春が呼びかけながら番組は進行する。
ソッチとは外崎照雄マネージャー。
オフィス・パンタ(現・オフィスゲンキ)退社後にさだまさしのさだ企画へ。
横山とは横山和之氏。
ラジオパーソナリティーで活躍後、1982年から千春の音楽プロデューサーを手がける。
2000年にオフィスゲンキ退社。
そしてミーこと三浦さんが、タカアンドトシのトシ・三浦敏和の父親だったことで話題となったが、タカアンドトシが有名となり本人の口から聞くまでは自分は知らなかった。
この放送で三浦さんの経歴を語っている。
当時、千春の関連会社はオフィス・パンタ、ニーズレコード、そして北海道のコンサート制作を担っていたメディア・プロジェクト。
当時、三浦さんはメディア・プロジェクトの社長。
それ以前の経歴はキャニオンレコードの営業・プロモーションに携わっていた。
キャニオンでの最後の仕事が1980年8月5日リリース、1981年ヒットの山本譲二 『みちのくひとり旅』のプロモーション。
すっかり忘れていたなと。
また、このころは3人のほか、坂本さんも山本さんも千春に携わっていたんだな・・・。
と懐かしく思ったわけです。
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