こんばんは🤗
うちには着られる孫
もう一人着られる孫…
そう言われて思い出したことが
きっと今隣にいて
ばあば
こんな顔をしていた母 (笑)
どうして?
兄ちゃんのランドセル
毎日本当に寒いですね❄️😨
体調崩されていたりしませんか?
12月に入り
師走ならではのバタバタで
毎日があっという間に過ぎていきます
ブログも更新しなければと
思いつつ…
昨日、母が大きな箱を抱え📦
いそいそとやって来ました
あんた要らないって
言っていたけど
私が買いたかったから
中からは学ラン
うちには着られる孫
もう一人いるしね
そう言いながら
長男の分の学ランを
本当に嬉しそうに渡してくれました
もう一人着られる孫…
そう言われて思い出したことが
ありました。
6年前も同じように
生きていれば小学校に入る息子に
まるで当たり前のように
ランドセルを用意してくれたこと
目に見えなくったって
私の孫は死ぬまで3人
そんな母の気持ちが嬉しかったです。
たしかに息子が亡くなったことは
悲しくて
寂しくて
何より悔しい
その思いは不思議なほどに
薄れることはありません。
だけど…
亡くなった子供たちを
ただ悲しいと思い続けるよりも
生きている子供たちのように
自分たちが楽しい時には
きっと今隣にいて
一緒に笑っているよね
そう忘れずに思い出してもらったり
今も傍にいることを信じること
それこそが
短い人生を闘って闘って生き抜いた
子供たちを
安心させられる
喜ばせられる
生きていく姿勢ではないかと
思うことがあります。
だって
亡くなった子供たちにとって
大切な大好きな人なんだから…
楽しむことも
笑うことも
躊躇したり
罪悪感を持ってほしくないと
望んでいるはずだから…
何年経ったとしても
我が子や家族、友達…
大切だからこそ
喪失感は消えません
その穴を何かで埋めることも
出来ません。
だからこそ
自分を大切にしなければ
いつか出会えた時
息子に胸が張れないなと思います。
偉そうに語っているけど
息子を亡くして
そんな前向きな考え方が
出来るようになるまでには
私もたくさんの時間が
周りの人の支えが必要でした
そんな中でも
娘と息子には
理屈ではない気持ちの消化を
たくさんしてもらった気がします。
2年前
次男が小学校入学を控えた冬
私の母は
ランドセルを用意しようと
とても嬉しそうでした。
でも…
そんな母に次男が言ったんです
ばあば
新しいランドセル
ボク要らないよ
どうして?
次男くん
ランドセルがなくちゃ
学校行けないよ?
行けるよ
だってボクには
兄ちゃんの
ランドセルがあるもん
誰も教えていないんです
兄ちゃんのランドセルに込められた
家族の想い
でも…
兄ちゃんの仏壇に
四年間飾られたままの
長男のランドセル🎒
幼心に気にしていたんだと思います。
兄ちゃんのランドセル
誰も使わなかったら
きっと悲しいよ😭
だからボクが
兄ちゃんのランドセルで
小学校に行くんだよ
お姉ちゃんは女の子
男の子はボクだけだから
たった6歳の息子に
教えられた気がしました。
時間は
どんな気持ちを抱えていたとしても
誰もが進めて行かなければいけない
でも忘れずに生きていけるよ
そう小さな息子に
背中を押してもらった一言でした。
普段はちっとも物を大切にせずに
私に怒られてばかりなのに
兄ちゃんのランドセルだけは
2年生になった今でも
大切にしています。
届いたばかりの学ランも
5年後には
次男が袖を通した姿に
次男への申し訳なさも感じながら
長男の姿を思い浮かべてしまうと
思います。
それでも
次男の学ラン姿
今から楽しみです
天国のお兄ちゃん
ばあばが
あなたの学生服
ちゃんと用意してくれたよ
お空の上から見える?
喜んでるかな?
夢でいいから
かあちゃんに制服姿を見せるために
また会いに来てね
愛してるよ



