1リットルの涙という
当時、高校に入ったばかりの私には
あれから25年経つけれど
自叙伝をご存知ですか?
実は、この自叙伝の主人公
木藤亜也さん
私の母校の大先輩です。
亜也さんは高校一年生のとき
難病指定されている
脊髄小脳変性症と診断されました。
小脳が萎縮し
運動神経を始め
小脳と脊髄の神経細胞が
徐々に破壊されていく病気です。
発見されて150年
難病指定されて30年以上の
月日が経過している今なお
治療法はおろか完治した例は
ないと言われています。
私が高校一年生のとき
亜也さんのお母様である
木藤潮香さんが
学校で講演してくださいました。
病気は何で私を選んだの?
亜也さんがお母様に聞いたそうです。
言葉が見つからなかった
答えがなかった
そうおっしゃっていた言葉が
忘れられません。
どんなに切なかっただろう
私が息子に聞かれていたら
同じように答えられなかった。
そう思います。
そして、お母様はこんなお話を
してくださいました。
亜也が余命幾ばくもないと
私自身が感じるようになった頃
わたし結婚できる?
と亜也が長年想い続けて来た
結婚式を挙げようと決めました。
男性の元に嫁がせる式ではなく
天国に嫁がせる結婚式
亜也は突拍子も無い母親の発想に
笑っていたかもしれません。
でも今できること
1つの後悔もないなんて
きっとありえないから
全てしてやりたいと思いました。
当時、高校に入ったばかりの私には
正直ピンと来ませんでした。
まさか
後に自分が我が子を失うとは
夢にも思わなかったけど
今は少しわかる気がします。
私もそう思いました。
人から見たら小さな望みだとしても
息子の望みを1つでも少しでも多く
叶えられることが幸せでした。
亜也さんが極限まで通いたいと
望んだ母校…
体の自由は奪われても
知能には支障のない病気
自分が変わることをわかりながら
向き合わなければならない
残酷さは計り知れないだろうと
今でも思います。
お母様が講演の最後に
自由を奪われなければ
不自由に気づかないんです。
辛い想いをした人は
優しくなれるんです。
精いっぱい生きられることに
代わる幸福はこの世にはありません。
あれから25年経つけれど
潮香さんの言葉
不思議なくらい
一字一句余すことなく
覚えています。
私も精いっぱい生きられることに
感謝しなくては



