人も存在物なので期待値(目的)を中心とした正規分布を想定出来る。
個人が決まるのは“個性”によると考えているので、目的には個性が入
る。さて横軸の個性とは何になるのだろうか?

正規分布で表すには横軸はマイナス→プラスという目盛りでなければな
らない。縦軸はそれぞれの出現頻度となる。
個性においてマイナス→プラスといっても何を充てるべきか?一口で表
せるものとは何か。

個性とは何か?ということを考えたときに、甘いものが好き、酸っぱい
ものが嫌いというように味覚の好みはこう、食べ物の好き嫌いはこう、
というように一つ一つの事柄の好みの度合いの集まりであるということ
が言える。
そこでそれぞれに分けて、甘味の好みは“甘みを感じる→とても甘い”
というように段階を付ければ表現できそうだ。横軸は何かの“加減”と
いうことになる。これで人についても正規分布で表現できると思ったが、
ちょっと何か引っかかる。

正規分布であれば形は既に決まっているはずである。形が決まっている
のなら、好き勝手に生きていても自然と個性の形は年を取るに従い明瞭
になってくるはずだ、だが果たしてそうなのか?

人は常に選択と決定を繰り返している。時には常識を超えて行動する時
もある。“形が決まっているので人生が進むほどその姿が明瞭になって
くる”とは言えてない。
“私”と言う自覚は間違いなくある。だから私という“核”も間違いな
く存在する。だが正規分布としての表現が出来ない、どういうことか?

私の“核”を私の外に切り離してみる。この“核”は変化しない。だが
丁度木彫り職人が木彫りをするように、私の“核”が私のほかの部分を
育み作っていて、その部分は“核”の迷いというか動向によって変化す
る。従ってそれらを同一のものと考えていたことが正規分布表現できな
いと感じた原因だった。

人は核とその他が一体不可分な恰好しているが、役割で見ると核が外で
私のその他を作っているということになり、何とも奇妙な人の構図が浮
かび上がってしまった。