チャン・ビンに、赤月軍とあの黒ずくめの男が言っていた事を説明しつつ、非常階段を降りていく。

時計を見ると、朝の6時を少し過ぎた所だった。
 
マンションの最上階と、ウンスが寝ているその下の階は、アメリカの警察が入っていて物々しい雰囲気になっていた。
 
どうやら、チュンソクとトクマンが適当に誤魔化して、警察が屋上に向かうのを阻止していたらしい。
 
俺は、警察の対応の一切をチュンソクに任せて、ウンスの元へと戻った。
 
ウンスの近くには、ユチョンやムガクシ部隊、マンボ姉、そして執事のアンジェの姿があった。
「皆、ご苦労だった。
全てが終わった。
事態の収拾に向かってくれるか...。」
 
俺がそう言うと、皆が身体の力を抜いて
笑みを浮かべた。
ウンスはというと...、ベッドの上ですやすやと寝ていた。
その穏やかな表情に、俺も笑みを浮かべた。
 
部屋を出て行こうとするウタリに、俺は声をかけて引き止めた。
 
「感謝する。」
俺の言葉に、ウタリが不思議そうな顔をしていた。
その言葉の意味が、わからなかったのだろう。
だが、少し考えて、俺の言葉の意味がわかったらしい。
ウタリが照れた表情を浮かべ、首を横に振りながら、「そんな、感謝の言葉など勿体ないです。」と言っていた。
 
あの場で身を引く事は、SPの一員として苦しい選択だったと思う。
だから俺は、ウンスの為に最前線から身を引いたウタリに、感謝の気持ちを伝えたかった。

「あと少しだけ、ここに居て欲しい。
シャワーを浴びて着替えてくるまで、もう少しウンスの側に居てくれるか?」
 
「はっ!」
ウタリがニコリと笑い、俺に返事をした。
 
バスルームに向かう俺をユチョンが引き止める。
「お腹の傷と、肩の傷を診ます。」
 
腹の傷?
あぁ。すっかり忘れていた。
痛みはないから大丈夫だろう。
そう考えを巡らせながら、ユチョンに返事をする。
「腕の傷は擦り傷だ。放って置けば治る。」
 
俺の言葉が聞こえなかったのだろうか?
ユチョンが、「シャワーを浴び終わる頃に、また参ります。」と言って、俺に背を向けて行ってしまった。
 
着ていた服は脱ぎ、ゴミ箱に放り込む。
鏡越しに自分の身体全体を見た。
 
腹の傷は開いていない。
腕の傷は、まだ微かに血が流れているが、
そのうち止まるだろう。
 
ん?
俺はある事に気がつき、鏡に映る己の目をじっと見た。
赤月軍のあの男の目、誰かに似ていると思ったが・・・。
まさか俺自身か?
 
手で鼻と口を覆ってみる。
よく、似ている...。
あの目とそっくりだ...。
 
気持ちが悪いな。
 
俺は、余りの気持ち悪さに身震いをしつつ、シャワーを浴びる為にバスルームへと入って行った。
 
熱めのシャワーを頭から浴びる。
 
さて、これからどうするか・・・。
最上階は戦場となり、片付けやリフォームに数日は時間がかかるだろう。
 
ウンスをリハビリに連れて行かなくてはならないし...。
 
それよりも、事実をどう伝えるべきか。
ウンスの事故にしても、記者をウンスの元へ送りつけたのもあの女の仕業だった。
今更、過去の事を掘り返して、ウンスにその事実を伝える事が、良い事なのかもわからない。
 
もう終わった事だ。
全てを包み隠す方が、ウンスの為なのだろうか。
 
髪を洗い、身体も念入りに洗う。
血の匂いや、火薬の匂いをウンスに勘付かれてはならないから。
 
熱いシャワーを浴びても、未だにあの女への憎しみは拭いきれない。
あの女は、もうこの世には居ないというのに...。
 
それに、まだ戦いの血が騒ぎ、身体が落ちつかなかった。
 
シャワーを止めて、バスルームを出る。
身体を拭いていると、扉をノックされた。
ユチョンが、腕の治療に来たのだった。
 
下だけ穿いてから、バスルームのドアを開けた。
ユチョンが腕の傷を見てから、鞄の中から消毒薬や皮膚を縫う為の器具を出していた。
 
治療をされながら、物思いにふける。

この傷をウンスにどう誤魔化すか。
まあ、完治するまで、ウンスの前で裸にならなければ済む事か...。
「今、ク医師と兄さんが負傷者の治療に当たっています。重症者は既に目の前の病院に搬送しました。負傷者が多いので、この後、私も合流して治療に参加します。」
ユチョンにそう話しかけられて、我に返る。
 
「頼む。」
俺の言葉に、ユチョンが頷いた。

「ウンス様のリハビリには同行しますので、それまでは下の階に居ります。」
ユチョンが治療を終え、片付けをし、バスルームを出て行くのを見守ってから、真っ白なシャツに袖を通した。
 
バスルームのドアを開けて、ウンスの眠る寝室へと入って行く。
ウンスの傍らに居たウタリは、俺の姿を見ると、俺に頭を下げてから部屋を出て行った。

そこにはユチョンも居て、ウンスの目覚めを促すために、窓を開けて外の空気を部屋の中に入れた所だった。
 
そのユチョンも部屋から出て行った。

俺は、ウンスの居るベットの上にあがり、そしてウンスの隣りに横になった。
そっとウンスの抱き寄せる。
 
ウンスの穏やかな寝息と、温かな体温にほっとした。
少しの間だけ目を閉じ、ウンスに触れている腕と合わさった身体から伝わるウンスの体温を感じていた。
 
愛おしい。
伝えても伝えきれない程に、こんなにも愛おしくて愛している。
 
腕の中のウンスが身じろぎ、俺の顔を見上げた。
まだその視点は、ぼんやりとしている。
「ん・・・・。ヨ・・・。おはよ・・。」
ウンスは、眠そうに目をこすりながら俺にそう言った。
 
俺は、答える代わりに、ウンスを強く抱きしめる。
「ん・・・眠い・・・。
ん?もう、シャワーを浴びたの?
いい匂いがする。」
 
少し目が覚めて来たのか、ウンスの口調がはっきりしてきた。
「あぁ。実は、ウンスが寝ている間にある者と会って来た。」
 
ウンスには言わない方がいいのではないかと思っていたのに、
俺の口は勝手に事実を伝えようとしていた。
「ん?」
 
ウンスが不思議そうな表情で俺を見上げていた。
 
この事実を伝えたら、ウンスは俺を恨むだろうか、
元はと言えば、俺への憎しみから行われた行為だから。
 
「ウンスが・・・・。」
俺は、一度小さく息を吐いてから話を続けた。
 
「ウンスが、記者に追い詰められたことがあっただろう?」
 
「うん?」
 
「あの記者をウンスに向かわせた者と会って来た。」
 
ウンスが少し不思議そうな表情をしていた。
意味がわからないのだろう。
「その者は俺を妬み、俺を潰す目的でウンスに記者を向かわせ・・・、
そして・・・・・、そして、事故を装い、ウンスの腕を駄目にした。」
 
ウンスが俺のシャツをぎゅっと握った。
やはり、嫌な記憶を呼び戻す、こんな事を言うべきではなかったのかもしれない。
 
「あの時のウンスの胸の苦しみと身体の痛み全てが、俺の所為だった。
俺が、ウンスを愛してしまったから。
だから、俺の敵が俺の大切な物を壊して
俺を苦しめようとして・・・・、
そして・・ウンスを・・・。
すまない・・・。本当にすまない・・・。」
 
ウンスに申し訳なくて、それにウンスに嫌われ、また逃げられるのかもしれないと思うと、胸が苦しかった。

ウンスは暫く何か考えているようだった。
何も話さず、ただ視線を下げていた。
頭の中を整理していたのかもしれない。
起きて早々にこんな話を聞いて、訳がわからないのもあるだろう。

ウンスがもぞもぞと身体を動かした。

ウンスが俺の頭を胸に抱いて、俺の背中を抱きしめたのだった。
 
「あなたの所為じゃない。
あなたの所為じゃないから、もう謝らないで。
そんなに苦しまないで。」
 
ウンスが、俺の髪を撫でながらそう言った。
「記者の件もあなたが私を救ってくれたわ。
事故は、そもそもが私が逃げたのがいけなかったの。
あれは事故よ。
私が良く見ないで道路を飛び出してしまったの。あの事故が誰かの仕業だったとしても、私がもっと気をつけていれば回避できたかもしれない。
だから、あれは事故。
私がいけなかったのだから。
それで、もういいの。」
 
俺は顔を上げてウンスの顔を見上げた。
「過去に囚われないで、前に進もうって教えてくれたのはあなたよ?あなたが過去に囚われないで。
前だけを見ていこう?リハビリが終わって帰国したら、結婚式でしょ?まだドレスすら決まってない。」
 
そう言ったウンスが笑っていた。
俺の天女の微笑みだった。
 
「ね?だから、もう・・」
「もう笑って」と、ウンスが言って、俺の両方の頬を引っ張った。
「ぶっ!変な顔!!」
 
ウンスがそう言って笑うものだから、俺も笑ってしまった。
ウンスに伝えたら逃げられるなんて
思っていた俺は馬鹿だな。
 
ウンスは、そんなに弱い人間じゃなかった。
俺よりも強くて、もうしっかり前を向いて歩んでいた。
 
俺は、ウンスの額に口付けをした。
「その者には、きっちりと罪を償わせたから。」
 
「うん。」
ウンスは何も聞いてこなかった。
どうやって償わせたのかとか、犯人は誰なのかとか・・・。
 
前だけを見ているウンスにとって、もうそんな事はどうでもいい事なのだろう。
過去の事など関係ない。
ウンスの瞳がそう言っていた。
「お腹空いた~~!!結局、昨夜は夕飯も食べずに寝ちゃったでしょ?お腹がぺこぺこ。
お腹が空きすぎて・・・ヨンを食べちゃう!!」
そう言って、勢いよく身体を起こしたウンスが俺の上に身を置いた。
 
ウンスが笑っていた。
そして、ウンスは俺の額に頬に、唇に口付けをしてからベットを降りた。
「早く行こう!」
 
ウンスが俺の手を引き、俺が身体を起こしてベットから降りると、そのまま俺の手を引いて
リビングへと向かっていく。
 
そうだな。
過去に囚われず、俺達は二人で前へと進んで行く。
二人の未来へと・・・・。









 
 
 
 
 
 
 
 前話の友情出演は「年下の彼」の猫ヨンでした!
チェ・ヨンは誰にも負ける事はなく、1番最強だと思っています。
そのヨンが勝てない相手が居るとしたら・・?
その相手がヨンだったら有り得るかもと、彼に出演して頂きました。
いち一般市民の会社経営者に、悪にトドメを刺させるのはマズイなというのもあって、それで裏組織の彼に来て頂いたというのが一番の理由ですがね(笑)
同じ時空に2人のヨンが存在するなど有り得ませんが、私のおふざけとしてさらりと流して下さいねm(__)m(笑)

さあ、2人の未来へとお話しは進んで行きます!
結婚式の話が進んで行くな?(笑)

相変わらずコメントの返信はお休み中です。
m(__)m
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