「ちえりちゃん、また明日ね」

 かえで(仮)は、玄関の門まで見送りに来てくれた、英ちえりに手を振りながら、明日の約束をした。

 日は暮れたが、熱気は冷めやらない。せっかくシャワーを浴びたのに、ちょっと外に出ただけで、体が汗ばんで来た。今夜もきっと寝苦しいに違いない。

 帰ろうとするかえで(仮)の目に、ふと隣の翡翠森(ひすいもり)のお屋敷が入る。

 みつばの屋敷も立派なものだが、それに劣らず翡翠森(ひすいもり)邸も明治の洋館を思わせるような佇まいであった。

 翡翠森(ひすいもり)の主人は今では現役を引退したが、いくつもの会社を束ねるグループ会社の会長であり、その業界を束ねる協会理事でもあった…とか言うような難しい話をみつばがしていた。

 翡翠森(ひすいもり)邸を、かえでは見つめていた。

 少し、空白の時間が出来る。風が吹いて、彼女の髪を風がさらう。

「となりのおじいちゃん、おばあちゃんの家の屋根って緑色なんだよ」

 ちえりが不意に言った。

「そ、そうなの? 暗くてわからないわね」

「きっと緑色が好きなんだね。かえでちゃんと一緒だね」

「そうね…」

「もし、緑が無くなったら、悲しむね」

「……帰るわね、さようなら」

 かえで(仮)は振り返らず、そのままみつば邸をあとにした。

 闇の中を足音もたてずに、彼女は歩いて行く。

「…ダークネスグリーン。色彩元珠(パステルオーブ)は奪えそうか?」

 急に声がして、かえで(仮)はまるで夢から覚めたように、ハッとなる。

 まるで背後から、唐突に肩を掴まれるような、乱暴な声だった。

 そして、彼女はそれを声の主に悟られまいと、ひと呼吸置いて、返事を返す。

「順調よ。明日には」

 かえで(仮)ではなく、ダークネスグリーンとして、そう答えた。

 あくまでも冷静に。寸分も違わず、計画通りに行っていることを主張するように。

 彼女を引き止めた声の主は、燃えるような赤き髪と、悪魔のように黒い角が頭部から対に2本生やした、暗黒元珠精(ダークネスガーディアン)、ダークネスレッドだった。

 いわゆる四天王のひとり。

 そのダークネスレッドは、苛立った表情で、口を開く。

「なぜ、こんな回りくどいやり方を。内部に入り込み、色彩元珠(パステルオーブ)を奪うなどと…。4人のパステルガァル!と直接戦えば良い」

 ダークネスレッドは大きな声を荒げながら、そういった。同時に横に振り上げた手からは、火の粉のようなものが舞った。

 ダークネスレッドは、瀬々良木るりかことパステルラピスと、「パステルガァル!4人が揃った時に戦う」という、約束をしていた。

 あとはタイミングを待つだけだったが、ここで、ダークネスグリーンが「次は自分の番」と主張した。

 確かに初回はダークネスグリーンがパステルガァル!と一悶着し、続いてダークネスレッドがパステルガァル!を倒そうとしたが、保留となった。

 直情的なダークネスレッドではあるが、なぜかルールは律儀に守る性格だった。次の順番は自分だとダークネスグリーンに言われ、納得したのだ。

 ダークネスグリーンは、とうとう振り返った。そして、ダークネスレッドを睨む。

「あなたみたいに野蛮じゃないのよ。パステルガァル!を甘く見てはいけないわ。隙を見つけて、必ず色彩元珠(パステルオーブ)を奪ってみせる」

「ならば明日がリミットだな。明日、失敗に終わったら、俺が動く」

 ダークネスレッドの方も、ダークネスグリーンを睨み返した。

「好きにすればいいわ」

 きびすを返し、彼女は再び歩き出した。ダークネスレッドも姿を消した。話は終わったのだ。

 ダークネスグリーンもかえで(仮)から、暗黒元珠精(ダークネスガーディアン)形態に戻り、空を飛んで、さっさと己の暗黒の城へ戻るべきなのかもしれない。

 しかし、彼女はもう少し独りで歩きたかった。

 それは、自分の感情が揺れていたからだ。

 今日、感じた心のモヤモヤ。居心地が良かった、みつば邸。つないだ、ちえりの手。そして、翡翠森(ひすいもり)の夫人の手。柔らかさ、温かさ。

 心とは、意志を曖昧にさせる弱さ、なのではないだろうか。

 でも、パステルガァル!たちを見ていると、心がさらに力を強くするように見えた。

「…侵色は…必ず成し遂げる。パステルガァル!たちの抵抗を必ず打ち砕くわ!」

 そう声を上げながら、かえで(仮)は、暗黒元珠精(ダークネスガーディアン)形態になった。

 まるで、揺れ動く心を断ち切るように。