さっき、アシュリーの話TVで見てまして。
障害者の話、正直嫌いでほとんど見た事ないんですけど、何となく流れで見てて。
アシュリーって、すごく強くて、愛されて、見た目は明らか障害者でもなんだかカワイイ子で。
自分が辛い顔をすると大切な人が悲しい顔をするとわかってて、いつも笑ってる。
お母さんはそうアシュリーが思ってるのもわかってて、微笑んでいてくれる人で。
『死』の足音が家族全員に聞こえてる。
聞こえてるからこそ、今、この瞬間を精一杯生きるアシュリーと、
聞こえていても聞こえないフリしてアシュリーの精一杯を手伝ってくれる人。
結局4月に亡くなりました。
私も透析をしてるので障害者です。4歳から障害者みたいなもんです。
アシュリーを見ていて、どうしても自分の母を思い出しました。小さい子供が長く生きられないかもしれないと言われた時。自分を責める姿。簡単に想像できます。
障害者を題材にした話は泣かそうとしてるみたいで好きじゃありません。
障害者は障害者である事を盾にしすぎてしまいがち。周りはかわいそうと思いすぎ。
これがよくパターン。
私は障害者だけど、見るからに障害者ってのにはなりたくない。足がなかったりしたら仕方ないけど、少なくとも今は。
アシュリーは同じだった。健常者の10倍速く老化する体でも、学校へがんばって行くし、アルバイトもして、ネイルアートしてもらうと普通の女の子と同じように喜んだ。素敵な女の子だった。
そして、彼女を失う怖さに震えながら側にいたお母さん。この人も強く、優しい人。
17歳で未婚のままアシュリーを産んで、いまではアシュリーのかけがえのない人。若くしと母になり、逃げ出さず向き合ってきた人。怖くて泣き叫びそうになる日だってあったはずなのに、最後まで一緒だったよう。
まとまんないけど、心が揺さぶられた。
心から
アシュリーに安らかに眠ってほしい。