また一つ、いい作品に出逢いました
『母べぇ』です
なんと言葉に表してよいのでしょう?
劇中、ずっと涙が止めども無く溢れて、終わってからも暫く席から離れる事が出来ませんでした
時は昭和15年
東京の一角で慎ましく生活していた“野上家”
一家は父“とおべぇ”、母“かあべぇ”、長女・初子“初べぇ”、次女・照美“照べぇ”の4人家族
決して裕福ではないけれど、家族が肩寄せあって幸せな生活を送っていたある日
ドイツ文学者の父べぇを『政治思想犯』として警察が連行してしまうのです
不安に暮れる野上一家の許へ、嘗て父べぇの教え子だった山崎徹(浅野忠信)が訪ねて来ました
山崎は面会の申請方法を事細かに母べぇに伝え、父べぇの不憫を思い、涙を浮かべます
帰り際、慣れない正座のせいで山崎はひっくり返り、穴の空いたソックスを“披露”してしまい
沈んでいた気持ちの家族に、ささやかな笑いをもたらしたのでした
それから彼は、家族から“山ちゃん”と慕われて、この不憫な家族の為に尽力していくのです
やっとの事で面会を許された家族、でも許されたのは母べぇと照べぇだけ
二人までしか会わせてもらえなかったのです
桜の景色も、なんだか楽しくありません
留置所の寒さと、不衛生さの中で、なんだか浮浪者のようになった父べぇ
刑事の心無い言葉を浴びせられながら、父べぇの着替えを手伝い、弁当を食べさせる母べぇ
その様子を観ていた照べぇに刑事が話しかけると、照べぇは思わず手を振り払ってしまったのです
激怒する刑事に、母べぇは『申し訳ありません、躾が行き届いていないもので』と謝り
照べぇを刑事の前で、ぶってしまいます・・・母べぇにはそうするしかないのでした
心の中では『照べぇは悪くない』と叫びながら・・・
父べぇの釈放が何時になるか、見通しがつかないので母べぇは小学校の代用教員として努め始めます
母べぇが仕事と家事に追われる中、父べぇの妹“久子”(檀れい)が広島から絵の勉強を兼ねて上京してきました
久子は忙しい母べぇの手伝いに、頻繁に野上家にやってきます
そして、子供達の夏休みに奈良から母べぇの叔父さん仙吉(笑福亭鶴瓶)も、やって来て
山ちゃんも交え、野上家は一時の賑やかさを取り戻します
父べぇは留置所から拘置所へ移され、定期的に面会も差し入れも出来るようになっていました
山ちゃんも手伝って、父べぇの希望する差し入れの本の鉛筆の書き込みを、皆で消していきました
書き込みがしてあると、差し入れを許されないのです
それは沢山ありました、初べぇは改めて『父べぇは、凄く勉強しているんだ』と感心してしまうのでした
仙吉叔父さんは、世の中は金が一番だと思っている人
時代が戦争に向かっている中『贅沢は敵だ!!』という町のスローガンに『贅沢の何が悪い!?』と豪語し、警官から大目玉を食らってもビクともしない人
豪放磊落なのもいいのだが、デリカシーの無い発言にある日、初べぇはとうとう怒って
『あの叔父さん、何時までいるの?』と母べぇを困らせてしまうのです
だが、母べぇは思ったことを自由に発言できない世の中に
仙吉のように自由な言動ができる人間がそばにいることに、安堵を覚えていたのでした
やがて、仙吉は奈良へ帰って行きます
駅へ見送りにきた、山ちゃん達に仙吉は、自分の金の指輪をそっと差し出し
『佳代ちゃん(母べぇ)に困った時に使ってもらって』と、帰っていくのでした
母べぇ達の周りには、本当にいい人達がいるのです
やがて日本は米英との開戦に突入していきます
母べぇ達も、否応無しに時代の荒波に呑まれていってしまいます
映像には、激しい空襲の惨状などは映し出されません
けれど、平和な家族が何故、このような哀しい運命を背負ってしまうのか
何時の時代も、犠牲は一般市民です
主演の吉永さんが、かつてお母様に「どうして戦争に反対しなかったの」と問いかけると
「出来なかったのよ」とお母様は応えたそうです
皆、心の中で思っていることが発言出来なかった時代
個人を押し殺さないといけなかった時代
そんな時代を懸命に生きた、“母”を山田洋次監督から教えてもらいました